嘘だまり

それぞれの母(6)

2017年04月07日
幻の家族
翔一の母


「私はときどき、事件の光景が蘇って気が狂いそうになったが、春清は見て見ぬふりをするだけで慰めようともしない。そんなときに、小雪がいることで苛々が紛れてずいぶんと慰めになった。小雪はかわいくて仕方がなかった。叔父はどのような方便を使って小雪の戸籍を私の子に直したのか分からないが、その時は小雪と本当の親子になれたと思った。これだけは叔父に感謝したよ、言われるままにして良かったと」
「だけどそのわずかな喜びもすぐに破られた。学校の帰りに小雪はあの女、『美雪』というんだけど、会っていたんだよ。二人は会う前にも、私に内緒で何度か手紙のやり取りをしていたらしい」
 おりのようにたまった過去を、次々と口から吐き出す母。翔一はその母をただ茫然と見つめた。
「戸籍を変えて親子になった気でいても、実の母親には敵わない。どんなことをしても小雪はあの女になびいてしまう。そうと分かってからは、かわいがるつもりが逆に、辛く当たるようになってしまった。かわいがる言葉が口から出た途端、いつの間にか嫌味な言葉ですり変わっているんだよ」
「私は、小雪の気持ちが離れていくのが何よりも怖かった。なのに、小雪もあの女もそのことを少しも分かってくれない。それで、つい嫌みの矛先をあの女に向けてしまった。あの女の入院先まで押し掛けたこもある。『あんたが死んでも、小雪は葬儀に出させない。もし小雪が出るようなことがあれば……』」
「『あんたの葬儀をめちゃくちゃにしてやる』なんて、埒もないことを言って。どうした訳か、あの女に言ったことを小雪は全部知っていた。知っていても小雪は聡い子だから口には出さない。こちらはますます苛々してしまい、小雪に、あの女が死んだら、叔父があの女に渡した金をお前の体で償ってもらうからそのつもりでいるがいい、などとまったくバカげた、小雪にとってははた迷惑な話を口からこぼしてぶちまけてしまった」
 やはり、馬鹿な話しの出どころは翔一の母だったのだ。
 翔一の脳裏に浮かんだ、養母に翻弄される哀しい小雪の姿を、母は盗み見るようにした。
「翔一、お前が疎ましい」
 突如、翔一を見やる母の顔が醜く歪む。
「お前は、生まれた時はかわいいと思ったのに、月日が経つごとにあの疎ましい叔父の顔になっていくではないか。叔父と母は私の生い立ちや家族を滅茶苦茶にしてしまった。お前の顔を見ていると、いやでもあの時の忌まわしい記憶から逃れられないんだよ」
「そのお前が、いつも私から小雪を奪い取って一人占めにする。お前のすることは、母を横取りした叔父とそっくりだ。私が変な気さえ起こさなければ、お前などいなくて済んだものを」
 憎悪剥き出しの顔を翔一に向けて、奥歯を噛みしめた。
「そんな……」
 翔一は心の中の母が崩壊するのを感じた。
 すぐに目を逸らした母は、憎悪を押し込め、表情をかき消して、抑揚のない声で話し始める。
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素姓乱雑
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