嘘だまり

それぞれの母(5)

2017年04月03日
幻の家族
翔一の母



 翔一は乳児を抱いたまま、自分の部屋にいろんな物を使って工夫した簡易ベッドを作る。乳児を寝かせて可愛い寝顔をしみじみ見てると、思った通り面差しが小雪によく似ていた。
――姉は結婚をしたのだろうか ?
 家を出る前の日に、小雪は、「母が今までお世話になったお礼を、この体でもってお返しするという約束になっている」と、翔一に打ち明けている。結婚したとしても望んだ嫁ぎ先ではないだろう。翔一は母に乳児のことを糺すため階下に降りた。
 翔一が部屋を覗くと、母は先ほどと変わらずに畳の上へ体を投げ出したままで、珍しく泣いているのか肩が細かく震えている。その母を冷たい目で見下ろす、いつもと違う翔一がいた。 
「小雪には、小さい頃から辛い目ばかり合わせた。後で必ず後悔する癖に、口から止めようもなく嫌味な言葉が出てくるんだよ」
 母は側に座った翔一に愚痴った。
 翔一は二階にいる乳児が気掛かりで長話をしたくなかったが、聞きたいことを急かすと口を噤んでしまう母の癖を知っている。知りたいことを話すまで気長に待つしかない。
「私には善人面をした疎ましい叔父がいた。叔父は金に飽かせて悪いことでも平気でやった人だ。母とも関係したようだが、父は弟から金を貰っていたからか、何も言えなかった」
 翔一の母は、妻の不貞を分かっていながら知らぬふりをした父への苛立ちを表し、「だから私は、叔父の子かもしれない」と吐き捨て、忌まわしい過去を思い出すのか目を泳がせた。
「その娘かもしれない私を、事件で兄夫婦が亡くなったという晩に襲ってきたんだ。世間では篤志家として通っている男だよ。事件の直後だから、さすがに手荒なことはしなかったが、起きた事件で老人になった醜い顔で、酷いことを要求した」
 静かな部屋にやるせないため息が洩れる。
「私が拒むと、『聞かなければすぐにこの家を出て行くがいい。文無しになるお前は、私の言うことをどこかで誰かとやらなきゃ生きていけなくなるのだ。そうなって後悔するよりも、言うことを素直に聞いてここにいれば、住む家も金にも不自由はしない』 そう言いくるめられていつの間にか、叔父の言い成りになってしまったよ。世間知らず、苦労知らずだったからね。蔑んだ節操のない母と同じになった」
 話は思わぬ展開となった。翔一の母は妄想癖もあるのでどこまで真実か分からないが、取りとめ無く出てくる話は、翔一に話しかける隙を与えない。
「その叔父から春清との結婚話が出た時、私はすぐにも承諾したよ。春清に子供がいると聞いてもためらわなかった。その子供を自分の子として育てる話にも迷わなかった。私は忌まわしい記憶の詰まった家を出らればそれで良かったんだよ」
 翔一が本当の父だろうかと疑う「春清」を夫に選んだ、いきさつを明かす。
「そうした気持ちで春清と一緒になったからか、最初の夜に春清が体に触れてこようとしたとき、嫌味な言葉が口からぽろっとこぼれてしまった。事件のときに、賊に向けて言った叔父の一言がそのまま口から出てきたんだよ、『金で動く奴は信用できるか』とね。やましい思いが春清にもあったのだろう、それからは誘ってこなくなった」
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