嘘だまり

それぞれの母(3)

2017年03月26日
幻の家族
小雪の母


  外はすでに薄暗く、玄関の明かりが翔一のいる所まで届かないのか、二人はまったく翔一の存在に気付いていない。小母さんはすでに泣き顔で、カバンの中から取り出した封筒を困惑する小雪に押しつけたが、小雪は受取ろうとしなかった。
「それなら……」
 涙声の小母さんが、「これだけは」と、小雪の手の平に小さな赤いものを乗せた。
 翔一が近づくことさえ拒むような雰囲気の二人。翔一の知らない小母さんと小雪のつながりは謎めいて、秘めたやりとりを見た今は、小雪が他人のようだ。
 その後、翔一はどこをどう歩いたのか記憶に無い。
 遅く帰ったことで、「叱るのが義務だ」と言わんばかりの母から聞かされる小言が、黒いしみとなって心を染める。
 この後で夕飯となるが、翔一は食事をしながら何度も小雪の顔を盗み見た。どうやら小雪は小母さんと会ったことを、内緒にするつもりらしいと思った。
 告げ口する気などなかったが、黒く染まった言葉が翔一の口から飛び出した。
「今日、姉ちゃんは知らない小母さんと会ったんだよね」
 その場に放ったそれだけの言葉で、顔を見合わせた父と小雪の箸が止まった。それよりも早く母が反応する。激しい音を立てて箸を卓の上に置き、切り裂くような声で「小雪 !」と呼び捨てた。
 翔一は小母さんと小雪があまりにも親密なのを目にして、自分が除け者になったような寂しさから、小雪を少しだけ困らせるつもりだった。それが思わぬ展開となる。湯気の立ちこめる夕飯が一瞬に凍りつくほどすさまじい母の怒気に、背筋が寒くなった翔一は思わず小便を洩らしそうになった。
「小雪は私に隠れて、あの女と会ったのかい」
 一転、皆から視線を外した母は穏やかそうに言うが、裏腹なのは翔一も知っている。母がものすごく怒ったときの癖だ。だが、翔一はこのあとすぐに、、夕飯の場から追いやられた……。
 あの頃の翔一は、小雪に親密なおばさんがいるなど認めたくなかった。また、母の怒りようから、今後、この事について触れてはならないことぐらいわかる。
 翔一は二度と触れないように記憶を心の奥に閉じ込めたが、覚えることがたくさんある年頃。無理に忘れようとしなくても次々と起きる目新しいことに気を取られてしまい、閉じ込めた記憶があることさえも忘れていた。


 小雪が小母さんに会った時、小母さんが小雪の手の平に乗せた小さな赤いもの、それは、小雪の部屋で翔一も手の平に乗せたことがある、「血赤珊瑚」の宝石に違いない。珊瑚には「子供の健やかな成長を願う」とか、「邪悪なものから身を守る」といった宝石言葉がある。その言葉を切なる願いとして小雪に届けたい人は誰か。
 今にして宝石の送り主がわかった翔一は、鳥肌が立つのを感じた。
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素姓乱雑
記事作成者: 素姓乱雑
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