嘘だまり

翔一と小雪(4)

2017年03月13日
幻の家族
あやまち

 急な声に驚いた翔一は片足立ちという不自然な姿勢のままで振り返った。見ると、すぐに部屋を出るつもりで開け放した戸口に小雪が立っている。
「今までどこに、」
 聞こうとした瞬間、小雪の背後で雷光が発し、辺りは白色に染まる。目を閉じていても黒い小雪の姿を網膜に焼き付け、変化をもたらした部屋の空間をさらに歪ませる。間をおかずに凄まじい雷鳴が腹の底まで震わせ、明かりが唐突に消えて部屋は薄暗がりとなった。
 網膜に残る影に惑わされた翔一は、足の通していないズボンの裾を立っている足で踏みつけた。 不自然な姿勢でいた翔一は身体の重心を大きく崩してよろめく。
「あっ、危ない」
 小雪は叫ぶと同時に駆け寄った。
 力の限りに翔一の身体を支えようとしたが、崩れた姿勢は弾みがついて、小雪の力では支え切れない。それでも、倒れ込む先を堅い床ではなく柔らかいベッドへと変えることができた。
「姉さん !、大丈夫 ?」
 共に倒れ込んだ小雪を気づかい、起き上がろうとした翔一に、
「翔ちゃん、待って」
 起きるのを引き止め、小雪は倒れ込んだ時の乱れた衣服を直そうともしないで、自らの頬を翔一の裸の胸に押し当てた。
「翔ちゃんに打ち明けたいことがある」
 くぐもる声が熱い風となって翔一の肌の上を通り過ぎる。押し当てた頬から名前の「小雪」に似あわぬ熱い温もりが翔一に伝わった。
 小雪の温もりは小さい頃から翔一の大切な宝もの。他人のような父、母に甘えた記憶もない家族の中で、凍えそうな翔一の心を、小雪の温もりで何回も救われた。なのにいま伝わる温もりはなぜか翔一の心を惑わせる。
「母が亡くなったの」
 翔一はすぐに小雪の言うことが飲み込めなかった。
「一度でいいから、このようにして母の温もりを知りたかった」 
 出てくる話しはあまりにも唐突。
――母は朝元気に出かけたはずだ。なんで?。 
 そういえば記憶の底に閉じ込めた、小雪の話しを裏づけるような出来ごとがあると思い出した。
 翔一はいままで、自分の父親と呼ぶ人が別に存在するのではないかと思っている。いま、小雪がそれとなく、翔一と小雪の「母」が違うと言うならば、翔一と小雪は血のつながりが無い姉弟ということになる。
――認めたくない!!、 だから今まで、養母となる私の母に気を使っていたのか。
 翔一はいまになって、小雪が自らのものを倹約する訳を知らされた気がした。
「母とのお別れに行けないことは前々から言い聞かされてきた。だからいままで、遠い故郷のお別れが叶わない母に向かって、お祈りをしていたの」
 いつもは闊達な小雪の声が潤んでいた。だが次に出てくる話しは更に強い衝撃を翔一に与える。
「もうすぐこの家を出てゆく、二度とこの家には戻らない。母が今までお世話になったお礼をこの体でもってお返しするという約束になっているの」
 小雪は自分に言い聞かせでもするかのようにきっぱりと言った。
「そのような馬鹿な約束を、誰と !」
 小雪の思いもよらない、今どきあり得ない話しで翔一の頭の中は混乱して真っ白となった。喉が渇いてひきつれ、言おうとしたことが言葉にならない。思い出そうとした出来ごとも浮かび上がることなく、再び記憶の底に沈む。
「それも自分で納得して、約束したことだから仕方のないこと。でもそうなる前に、叶えたい願いが一つだけある」
 小雪は顔を上げ、確かめるように翔一を鋭く見つめた。
 明かりが戻らない、変化をもたらした部屋の薄闇の中で、翔一は小雪の瞳が変転するのに気づかない。
 驚きの連続で是非の判断が付かなくなった翔一は小雪と共に、幻想に操られてへと突き進む。
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