嘘だまり

翔一と小雪(3)

2017年03月11日
幻の家族
あやまち

 入社してひと月の息が詰まるような研修から解放されたというのに、翔一は研修時の緊張を引きずったまま、自宅で休日を過ごしていた。両親はそれぞれにどこかへ出かけたようで、翔一と小雪だけがいる家はひっそりとしている。その静かさがなぜか翔一を落ち着かなくさせた。
 翔一には「社会に役立つ製品を自分の手で生み出す」という夢があり、チャレンジする項目や希望した部署をレポートにまとめて会社に提出している。所属が決まるまで翔一の心は落ち着かないが、明日、提出しなければならない最終レポートのチェックをしようと思いつき、夕食を早めに済ませて二階の自室に直行した。
 部屋に入るとすぐに、机の上にあるパソコンの電源を入れる。
 静かな部屋の中にパソコンの駆動音が響き、移り変わる画面による光の明滅が起きると、部屋に「わずかな変化」をもたらす。翔一はその変化に囚われることもなく、移り変わる画面をただぼんやりと眺めた。
 しばらくは駆動音と光の明滅を繰り返したパソコンの動きも次第に収まると、画面に描き出された絵のように、夕食時の小雪の様子が脳裏に浮かび上がる。その姿はいつもの溌剌とした小雪ではなかった。
――姉が悩んでいるのは、今朝の、「行かせる」「行かせない」、「出させる」「出させない」などと、父にしては珍しく強い口調で母と言い争ったことと関係があるのだろうか……。
 小雪の気持ちを他人ひとごとのように思っている自分に気づき、いつの間にか、姉弟である自分と小雪の間にへだたりが生じたと意識する。
 翔一は小雪から、「新しいものを生み出すには、なに事にも関心を持ったほうがいいわよ」などと、夢を実現するために多くの助言や援助を貰っている。その一歩となる研修から久し振りに帰宅したというのに、日中はおろか顔を合わせた夕食時でさえも、研修の内容について話すことがなかった。
――今までは姉の反応が知りたくて、何ごとも真っ先に報告していたのに……。
 最近の小雪を何も知らない、と気づいた翔一の心の中に言い知れない不安が広がる。
 翔一の心へ反応するかのようにあたりが急に薄暗くなり、いたたまれなくなった翔一は部屋の外へ飛び出した。今は一言でもいいから小雪と話を交わさないと、募る不安は治まりそうになかった。 
 しばらくは小雪の姿を求めて辺りを探したが、近所へ用足しにでも出かけたのだろうか、姿が見えない。
 夕暮れにはまだ早い時刻なのに辺りが薄闇となり、遠くから雷鳴が轟き、時々の雷光に照らし出される雲の動きが流れるように速い。
 やむなく部屋に戻った翔一はパソコンの前に座ったが、気持ちが落ちつかなくて、レポートのチェックを続ける気になれなかった。小雪が戻ったらすぐに部屋を出るつもりでパソコンの電源を落とし、部屋の明かりを小さくする。
 程なく閃光と雷鳴の間が近くなり、風の音に混じって強い雨音も聞こえる。
――この荒れ模様の中を、どこへ出かけたのだろう ?。
 窓から外を眺めて小雪の姿を確かめようと、翔一は立ち上がったが、この天候では外にいないだろうと思い直してベッドに腰を下ろした。先ほど小雪を探して外へ出た時、俄か雨で衣服が濡れたのか少し湿っぽい。時間は早いがパジャマに着替えようと立ち上がり、着ているものを一旦脱いでパジャマのズボンを手に取り、片足を通してもう片方の足を通そうとしたその時、
「翔ちゃんに聞いて欲しいことがある」
 ふいに背後で探していた小雪の声が聞こえる。
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