嘘だまり

翔一と小雪(2)

2017年03月07日
幻の家族
鮮やかな宝石

 鮮やかな宝石を見てからというもの、翔一の女性を見る目は変化を遂げたようだ。
「それから後は、こういう順で解いて……」 
 いつしか翔一は俯いて説明している小雪の、襟足からうなじにかけての白い肌に目を奪われ、再び心が落ち着かなくなる。
 姉の名「小雪」は、雪の降らないこの地方では思いもつかない珍しい名前。その名に違わぬ雪のように白くて滑らかな襟足に「女性」を強く意識した翔一は、手で肌に触れて滑らかさを確かめてみたくなった。 宝石の鮮やかな色は今も目に残り、翔一を惑わし続ける。
「……よ、翔ちゃんわかった ?」
 上の空でいた翔一は一瞬、怪訝けげんな表情をしたようだ。小雪はその瞬間を見逃さない。
「翔ちゃん集中してない、何を考えてたの?」
 幼いころに悪戯いたずらをした翔一をたしなめたように、小雪は翔一の目を鋭く見つめる。
「ごめん、もう一度だけお願い」
 翔一は心の中をさとられないように、すぐに謝ることで追及を逸らした。
「じゃ、もう一度だけよ」
 翔一に気合をかけるためか、小雪は手もとの帳面を手で軽く叩く。その時、どうした力があの宝石に伝播したものか、丁寧に置いたはずの本棚から帳面の上に落ち、机の上を転がりだした。
 宝石は目で追う間も与えず、落ちた床で一度跳ね、たちまちのうちに鮮やかな色が見えなくなった。
「あっ、宝石が !」 
 今までにないほどうろたえた小雪は屈んで床の上を探し始める。翔一も倣って床に屈んだ。
 質素な部屋なので、翔一はすぐにも見つかると思ったが、宝石はなかなか見つからない。いろんな隙間を覗いたり、床の上の物を動かして探すうちに、翔一と小雪の間は少しづつ離れていく。それはあたかも、身近でいた姉・小雪がいつかは愛する人を得て、遠ざかるという、翔一がもっとも懼れることを体現するようだ。
「翔ちゃん、有った! 見つけた !」 
 思いのほか離れた部屋の隅で声が上がる。気丈な小雪が今にも泣きそうな表情で宝石をかざす姿に、翔一は返す言葉に詰まる。
「大切なものだから……」
 小雪は、膝繰りで近寄る翔一を引き付けて髪に頬ずりを繰り返した。

 
 その時の翔一は、宝石に込められた贈り主の願いとは裏腹に、姉・小雪が辛い人生を歩んでいることなど少しも気づいていない。 
 翔一の家族はいびつな纏まり方をしていた。 父は翔一を、母は小雪を、疎んじているとしか思えない所作が数多く見られ、翔一は母に甘えた記憶もなく、小雪も父に話しかけることが稀だ。そのような家族の中で、翔一にとって、小雪の存在は家族の中の誰よりも大きい。翔一は母に甘えるように、時には父に相談するようにして小雪を頼った。
 宝石は、いまだ幼さと甘えが残る翔一の心に、秘めた力を投げ込み、自立を促す重要な役割を果たした。このあと翔一は青春の真っただ中を歩む。
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素姓乱雑
この記事を書いた人: 素姓乱雑
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