嘘だまり

翔一と小雪(1)

2017年03月05日
幻の家族
鮮やかな宝石

 翔一は学校の宿題として出された設問で、解けないところを教えてもらうため、姉・小雪の部屋にいた。
「この問題だけど」
「これはね、これから先に解いてゆくのよ」 
 小雪から問題の解き方を一通り教わり、翔一は聞いたことを頭の中でなぞろうと机の上の帳面から顔を上げた途端、本棚の隅に赤い色をした丸い物が有ると気付く。
「これは何 ?」
 翔一は尋ねながら手のひらに乗せて見ると直径一センチほどの丸い珊瑚の宝石。血の色を思わせるような鮮やかな色を見せる宝石を見るうちに、翔一はこの部屋へ入る直前の光景を思い出した。


「姉さんいる? いないの」 
 いるはずの小雪に何度か声をかけたが返事がなく、
「おかしいな、いるはずなのに」
 翔一は独り言を言いながら、小雪の返事を待たずに部屋の戸を開けた。
 小雪は考え事でもしていたのか掛けた翔一の声に気が付かなかったようで、僅かな動揺を見せて、突然に顔を覗かせた翔一に、
「ダメじゃない、部屋の戸は『開けていい』の返事を聞いてから開けるものよ」
 そう言いながら、急いで机の上にある本棚へ手を伸ばした。
 今から思えば宝石を、翔一の目に触れないように、咄嗟に本棚の隅に置いたようだ。
「翔ちゃん、その宝石、大切な人の気持ちが込められているの。大切に扱ってね」
 名前の頭文字を呼んで、小雪は諭した。
 翔一と二つと離れていない小雪は、吝嗇ではないが、なぜか自らのものを倹約をしていて、部屋には女性らしい華やかさが見られない。それだけに、手の平にある宝石と小雪がすぐに結び付かなくて、翔一は鮮やかな色からすぐに目を離せないでいた。
「翔ちゃん、勉強に集中 !」
 小雪はたしなめるがいろんな思いに駆られた翔一の心まで届かない。小雪の「大切な人」とは誰なのか。小雪はいままで、異性への関心など僅かも見せたことがないだけに、華やかな雰囲気を纏う宝石を小雪に贈る人がいたとは大変なできごと。
 翔一は、未だ青春の入り口に差しかかったばかり。「恋」とか「愛」という文字に心をときめかせ、宝石とは意中の人に愛を伝える贈りものとしか思い浮かばなかった。
 小雪が話した「大切な人」とは、何も恋人を指し示すわけでもないのに、翔一は見知らぬ人に突然、姉・小雪を横取りされたような気持ちになり、姿の見えない相手に対して嫉妬に似たものを心に湧きあがらせる。
 やがて、咎める視線に気づいた翔一は宝石を元の場所に戻し、説明する小雪の手元を覗き込んだ。
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