嘘だまり

ある室で (その4)

2017年02月27日
ある室で
 亜喜夫は話が何だか旨すぎる気もしたが、店主の言うことにも一理ある。物語の「筋書き」に囚われなければ亜喜夫は店主とより親密に、味わう喜びもより深いものになるだろう。
「もっと、話しを先に進めて、と言うのはそう意味だったのか」
 納得した亜喜夫は店主との熱愛物語を頭の中に描いた。読者の視線を浴びる亜喜夫は読み手を引き付けなければならない。速やかに話を進めなければ読者に置いて行かれる。
 それからの亜喜夫は大胆になった。店主を引き寄せた亜喜夫はやおら乳房を掴んだ。店主も負けじと亜喜夫の陰茎を掴み、これまでにない刺激を加える。
 いやはや、凄まじい展開となった。
 だが、亜喜夫が夢中になって店主の体に触れてもそこから先へは進めない。店主に陰茎を握られ夢心地になってもそこまで。
 亜喜夫と店主が「割りない仲」になるには程遠い。
 精根尽き果てて床に倒れ伏した亜喜夫は、床に落ちている本を見つけた。先ほど開いたページのままになっている。そのページの数字を見て亜喜夫は愕然とした。確かその数字は、入る時に見た室の数字だったと記憶がある。
「そんな馬鹿な」
 亜喜夫は慌てて前後のページをめくったがどれも白紙ばかりだ。そればかりか、本から顔を上げると店主の姿が見えない。室の中央でただ一人、呆然と立ち尽くす亜喜夫。
 やがて「パタン」と音がして、全ての室が閉じられ一冊の本になった。その本を抱えた店主は、
「これでまた一ページが完成した」
 ニヤリとして言いながら、本を棚に戻した。

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素姓乱雑
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