嘘だまり

ある室で (その2)

2017年02月21日
ある室で
「当たり前だ !、店の備品を売るわけがないだろう、この店は仕掛けた本で客の反応を見て面白がっているのか」
 そしる亜喜夫に、途惑い顔の店主は意外なことを打ち明けた。
「どのようなご迷惑をかけたのか分かりませんが、本屋には長い間売れずにいて、行き場所を失った本が何冊か有りまして、それらが時たまいたずらをするのです。存在を忘れないでくれ、とでも訴えるのでしょうか」
「この本がそうだと?」
 店主はぎこちなくうなずいて認める。一瞬、目に怯えが浮かんで見えた。
「そんな馬鹿な」
「疑うなら、先ほどの続きを読まれてはいかがですか」
 本を戻して寄こした。そう言われて改めて本を眺めると、コードなどの付属品は全く付いていない。どこから見ても普通の本だ。本を持って棚の前に戻った亜喜夫は、何気なく数ページをまとめてめくる。すると、ページに現れた店主は、
「これから先はあなたと私だけの秘めた話しになるので、プライベートルームで読んで欲しい。そうでないと、人目が気になって話しを進められない」
 そう言いって背を向ける。
「あなたと私だけの秘めた話? どんな話しになるのか」
 亜喜夫は気になってしかたがない。亜喜夫は再びレジに向かい、見たままを話すと、店主は店から奥まった所の個室へ案内した。この本屋は個室で試し読みしたいという希望者が多いのだろうか、狭い室が規則正しく並んでいて室に番号が割り振られている。本のページのような室だと亜喜夫は思った。
 室に入り、椅子に座った亜喜夫がさっそく開いたページに、「これで人目を気にしないで済むわね」、そう語りかけながら、人待ち顔の店主が現れる。
「二人きりになれるのを待っていたわ!」
「私もだ、初めて会った時から……」
 互いに待ち焦がれた仲にしてはどうにも間抜けた会話だ。亜喜夫は焦ったが、すぐに気を惹くような言葉が見つからない。物語が進んでこれから二人だけの秘め事を話そうというのに、今さら相手の素性を聞くのもおかしな話である。
 当たり前だ。話の先が気になって途中のページをすっ飛ばしたものだから、互いの話に脈絡がなく、まともな受け答えをできるはずがなかった。
 亜喜夫は店主の身の上など何も分からないのだから。
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素姓乱雑
記事作成者: 素姓乱雑
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