嘘だまり

ある店で (その3)

2017年02月11日
ある店で

奈津夫はそれよりも店主の心臓の音が気になった。コチコチと、まるで時を刻んでいるかのようだ。
「どうだった、私の身体、思ったほどじゃないので失望した?」
「いや、あなたの全てに触れてみたい。そうしないと気持ちが治まらない」
「時期がまだ早すぎるわ。もっと馴染んでからでないと」
「どうしたら、馴染める?」
 店主は明確な答えを言わない。いつものように陰茎を握り、奈津夫を眠らせて去った。

翌日、奈津夫は時計屋に向かった。
 ドアを開けて店に入った奈津夫に、店主は椅子を指し示した。
「早くも時計を返しに来たの ?」
「いや、この時計に何か曰くがあるのかを聞きたくて」
「困る事でも起きたの ?」
「実は」と前置きした奈津夫は、毎晩起きる現象を打ち明けた。
「私があなたと添い寝?」
 とんでもないという顔をするかと思ったが、奈津夫の予想と違った。いつの間にか無愛想な表情は消え、艶然としている。
「それで、どうしたら馴染めるか、明確な答えは聞けなかったのね」
「そうだ」
「答えを聞きたい?」
「聞きたい」
「で、答えを聞いてどうしょうというの」
「できるだけのことをして……」
「つまりあなたは、夢に出てくる私の全てに触れたあと」
「添い遂げたいのだ」
 奈津夫は思い切って、店主に言葉をぶつけた。
「考えさせて」

 ここでも明確な答えは得られなかった。

奈津夫は、少しでも店主の足しになるようにと、ベルトの交換をした。「いらない」という店主にお金を無理やり握らせ、店を後にする。

時計屋を訪れた日から艶夢は途絶え、奈津夫はしばらく物足りない夜を過ごした。店主は奈津夫のしたことを心よく思わなかったに違いない。その夜も現れないだろうと思うと奈津夫は寂しい気持ちになった。一見すると無愛想な店主だが、時おり見せる艶やな表情が忘れられない。「明日もう一度、店を訪ねてみようか」、と思ううちに眠りについた。

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素姓乱雑
記事作成者: 素姓乱雑
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