ある街で (その1)
治夫がある街に出かけたのは気まぐれでしかなかった。
通りを歩いていると路地から少し入った所に散髪屋が見える。古くさい店だ。こんな場所で、しかも寂れた店に客が来るのだろうか?
窓越しに店の中を見てみると案の定、誰もいない。だが意外にも、店主は女性で若い。
店主に惹かれた治夫はドアを開けて中に入った。
「いらっしゃいませ」と言う声。
椅子を示されて座り、好みのスタイルを聞かれ、さっそく散髪が始まった。
女性の店主はしなやかな指で手際よく髪を整え、時折、ツボを心得ているのか指圧を加える。それがたまらないほど心地が良くて、治夫は夢の中をしばしさまよった。
店主は口数が少ないのかあまりしゃべらなかった。ただ、終わりごろになって、治夫の耳元に口を近づけると、
「上ばかり髪を整えても駄目よ、みんな肝心な所の手入れを怠っているのだから」
夢心地にいて耳元でささやかれれば気持ちが昂る。治夫はある部分に血液が集中して熱くなるのがのがわかった。
「肝心な所って?」
昂りすぎたのか、治夫の声が裏返っている。
「それはね……」
店主は少し間をおき、
「滅多に他人に見られない所よ、だからみんな気付かない。毛髪が生えている部分はすべて手入れが必要なのに」
店主は治夫の顔と並ぶ位置まで屈み、
「彼女とデートして、その時になって慌てないでも済むわよ。今日はお客があなただけだし予定もないから、手入れの方法もついでに教えてあげる」
店主は手入れが必要だという部分を示してそっと手を添えた。強くはない触れかただが絶妙で、治夫は布地の下の陰毛をやさしく撫でられた心地がした。
「でも、プライベートな部分でしょう、ここでとはいかないわ。それに、あなただって困るでしょ」
微妙な部分の話なのに、若い女性の店主は気にもせず笑顔で言う。魅力的で治夫の心をとらえて離さない。
- 関連記事
-
- ある街で (その4) (2017/02/05)
- ある街で (その3) (2017/02/03)
- ある街で (その2) (2017/02/01)
- ある街で (その1) (2017/01/30)