嘘だまり

かいこ(2)

2016年10月16日
かいこ

誘導員は翔梧の顔を覗き込んで
「申し訳ありませんが、この先で急な工事が入ったので通ることができません。迂回をお願いします」
 告げた後車から離れて誘導灯の先を一点に向けた。示された方角を見ると車が一台通れるほどの脇道がある。翔梧は指示通りに脇道へ車を進めながら何気なくルームミラーで後方を見ると、誘導員の姿はすでに降りた闇に溶け込み、誘導灯の明かりだけが人魂のように舞った。
 降り続いた雨が止んで視界を狭くしたワイパーを止めると運転はし易くなったが、ライトが照らし出す先の景色は見えないので、翔梧はどの辺りを走っているのか見当も付かない。どこまで行っても脇道から抜け出せないばかりか、道は急に狭くなりどこかで道を間違えたようだと気づいた時は前後に進むのが難しくなった。
 明るくならなければ路肩の様子が分からないので怖くて車は動かせないが、車中と言えどもぼっしかねない暗闇で、翔梧はこのまま朝を待つ気になれなかった。
「どこへも行かないで!」と叫ぶ母の声を聞いた気がして翔梧は窓越しに闇を見つめたが、空耳だったのか暗い通りには誰一人見えない。
 どうせ道順を教えて貰わなければならないのだからついでに一夜の仮宿を頼もうと思い、車を降りて辺りを見まわせば幾つかの明かりが見える。翔梧はそのうちの一軒に向かった。
「ごめん下さい、今晩は」
 玄関に入って声をかけると返事よりも先に、奥から玄関に向かう足音が聞こえる。翔梧は足音の主が姿を見せる前に声をかけた。
「すみません、道に迷った者ですが」
 玄関に現れた四十に近いと思われる男は翔梧と顔を合わせた途端に「おやっ」という顔を見せた。
「翔梧? 翔梧じゃないか、お前今までどこにいた!」
「私は確かに翔梧ですが、人違いじゃないですか?」
「何を言う、兄であるおれの顔も忘れたか!」
 男はいきなり掴んだ翔梧の手を揺すり、身悶えしながら訴えた。

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素姓乱雑
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