嘘だまり

かいこ(22)

2016年12月14日
かいこ

- 第四章 -

体を担ぐ者、両脇から補佐する者、それらを取り巻く騒乱からそっと離れた北さんは大破した車に近づいた。
「俺が捜索員に加わった本来の目的は渡した三頭の蚕の行方を知ること。そやから(そうだから)他の二頭を探そうと思ったがや」
 翔梧は北さんに変化を見た気がする。
 ふと、人喰い谷の底で蚕がガサゴソと動く気配が湧いたように思えた。翔梧は、蚕が這い上って今にも顔を覗かせるのではないかと怯えて谷を振り返ってみたが、静まり返った緑の濃い谷に変わった様子は見られない。
 翔一は何も感じないからか、先ほどと変わらない姿勢で聞いている。

「一頭は車の中から簡単に見つかった」
 小箱が衝撃をやわらげたものか、元気で糸を吐いていた。だが、残りの一頭はどこを探しても見つからない。
「おい、何しているがや」
 急に背後から声が聞こえ半ば驚いた北さんが振り返ると、汗臭い匂いの捜索員が見つめている。
「いやぁ、指導所に渡さんなん(渡さなければならない)蚕がどこにいったがやと……」
「そうか、そやけど俺ちゃはもう撤収に掛かっとるがやぞ、ここに置いていかれたらどうするがい」
 仲間の言う通りだ。崖を伝って道まで上がらなければ、険しい谷に行く手を阻まれてさ迷うことになる。そうなれば無事で帰れるという保証は無い。一方蚕の方も人間から見放されては生きていけない。独自で生きるすべを持たないのだ。
「ロープを一本だけ残しといてくれんか、俺、もう少し探したいがゃ」
「そうか、出来るだけ早く上がって来るがやぞ」
 仲間が去った後も、北さんはもう一頭を見つけようと、迫る夕暮れを気にしながら車の中や辺りを懸命に探し続けた。その間、手に持った小箱の中の蚕が糸を張りながら、先ほど話した「事故が起きるまで」の内容をつぶさに聞かせてくれたのだと言う。
 日は大きく傾くが、最後の一頭は車が転落した際に車外へ放り出されたものか、ついに見つからなかった。

 
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