嘘だまり

かいこ(19)

2016年12月06日
かいこ

北さんは、「お父さんとお母さんは失意のまま帰路についた」と話しを接ぐ。
「日中でさえも薄暗い森の中の道を、さ迷ったと思うほど中間地点の細尾峠に着くまでの道のりは長く、待ち望んだ城端の村落が山の間から見えるようになっても、どんよりとした疲れが体の奥底に沈んだままで消えることがなかったがや」
 翔梧の頭の中に、どうしょうもなく後悔にさいなまれる父の姿が浮かんだ。
 北さんの話しは間違っていないだろうがなぜか変だ、翔梧にはしっくりと来ない。
「お母さんは農家の人が手渡した三頭の蚕が入った箱を持って車に乗り込んだがやけど、蚕の状態が見えるようにと箱に蓋はしていなかったがやちゃ」と、北さんは手渡された箱の状態を述べた。

 道が悪くて車が揺れるたびに箱の中の蚕は跳ね、頭を上げて左右に振るしぐさを見せる。蚕は何かを吐いて這いまわり、体は心なしか黄色くなったような気がする。お母さんは三頭の蚕も疫病に罹っているのではないかと気を揉んだ。万一、疫病に罹っているならば伝染するので城端に連れては帰れない。だがお父さんは心配していなかった。
「大丈夫だよ、熟蚕じゅくさんといって、繭を作る準備が始まったがやちゃ、早く帰ってこの子たちが繭を作りやすいように準備をしょまいけ」
 お母さんを安心させた父は、子供たちが繭を作り始めると知って雲間から光が差したような気がした。
 三頭の子供たちは箱の中を行ったり来たりで落ち着かない。お母さんが車の中を捜してホルマリンの瓶が入っていた小箱を見つけ、両蓋をちぎった箱の中に置くと、近くにいた一頭がさっそく小箱の中に入った。
 だが箱は一つしかない。入れない二頭は相変わらず箱の中を動き回っている。
 お父さんは細尾峠をどうにか越えた安堵もあり、先ほどまで体を覆っていた疲れが薄れて体が軽くなった気がした。何よりも今は、三頭の子たちがどのような繭を作るのか早く見たい。そのためにも、道の悪い人喰い谷を一刻も早く抜けねばならないと思った。

「北さんの話はまるでその場にいて見ていたかのようだ」と翔梧は思ったが、内容は情感こまやかで作り話とは思えなかった。

 
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