嘘だまり

不思議な店 -その8-

2018年05月04日
嘘だまり 0

老人は遠い過去を探るように目を細めた。いつしか話しは老人の告白に変わった。
「わしも写真に狂って撮りまくった一人じゃが、このわしにも競い合った相手がいる。わしとその相手は肝心の撮ることよりも、写真に関するいろんな物を買い漁り、自慢しあったのじゃ。写真となると撮影機材だけでも大変なものじゃが、マニアともなれば自分で現像処理から焼き付けまでこなすから、買い漁った物は半端じゃ無い。現像処理に必要な暗室も、押し入れなどの間に合わせでなく立派なものを拵えて、な。その時、お前さんが手に持つカメラを相手と競り合った末、手に入れたのじゃ」
 過去を追って話す老人の表情が陰った。
「カメラの掘り出し物が有るという情報を、最初に掴んだのはこのわしでは無く、相手の方じゃった。それを横取りするように、わしが手に入れた。誰もが欲しがるカメラを、わしが手に入れた時は、それだけで、『誰よりも優れた写真を撮れるもの』と、思い違いした。カメラとの相性も良く、撮れた写真の出来栄えも悪くない、その時のわしは有頂天じゃった。じゃが、『カメラの自慢をしたい』というわしの思いが乗じ過ぎ、慢心しているのに気が付かなんだ。今から思うと恥ずかしいほど、行く先々で、相手のことごとくを貶したのじゃ」
 老人はそこで小さな咳をする。話し続けて喉が渇き、喉を湿すために飲み込んだ唾が気管に絡んだようだ。
「その相手とわしは、似た景色を撮り比べたことがある。だが相手は比べられることを嫌がったのか、撮ったものをわしに見せようとしない。わしは怒った、『見せろ』と相手の家に押しかけて行った、そこで見たものは未だ忘れない。今まで家の中にあった、たくさんの撮影機材、暗室などのことごとくが消え、空っぽになった家だ」
老人の告白は続く。
「競い合った相手の来し方を見たわしの心が、空っぽになった。その空っぽになった心が実に頼りなくて薄ら寒い。今まで何をして来たのだろう、『無駄な事をしてきたのではないか』というやりきれない思いが強まり、わしは脱力感に襲われた」
 聞いている翔司も、「無駄な事をしてきたのではないか」という一言がつらい。
「だが、衝撃を受けたのはそれだけでなかった。空っぽの家の玄関にメモが一枚だけ残っている。それには『撮るのに疲れた』と書いてあった。メモを裏返すと、わしが見せろと迫っても見せなかった、撮り比べの写真。そこに写っているものを見たわしは、総身から血の気が引くのが分かった。わしは体の芯が無くなったようになって、その場にうずくまってしまった……」
 誰にも打ち明けることのなかった過去をさらけ出した老人は、なかば放心状態で、小さくため息をついた。


 
関連記事
素姓乱雑
この記事を書いた人: 素姓乱雑
Address:富山県南砺市城端

コメント0件

コメントはまだありません