嘘だまり

かいこ(17)

2016年12月03日
かいこ

翔梧の心を覗くかのように目つき鋭く底意地の悪い顔付きをして、「俺が夢の続きを見せてやる」と言つた「あの男」も、「北さん」でいる限り理不尽な話を持ち出したりはしないだろう、と翔梧は思った。
 一方、北さん越しにいる翔一は何を思っているのか、何もない一点を見据えたまま。
 その頃の若い夫婦の思いを代弁するかのように、北さんの話は熱を帯びた。
「戦後の物不足が続いていた頃で生活は楽でなかったがやけど、夢が有った」
 それは、自分たちで蚕を育て、人絹では得られない肌触りの良い糸を紡ぐこと。
 仕事で扱う無機質な人絹にどこか馴染めないものを感じていた妻は、夫から正絹の良さを聞かされ、蚕を育てたいという夫の夢に同調するようになった。だが生業とするには賛成できない。あくまでも蚕業技術指導所の仕事の延長としてだ。
 そうこうするうちに翔一が生まれ、二人目も授かった。夫は妻にまだ話していないが、子供の名前について決めたことが有る。
「自分の子供はもちろん可愛いがやけど、夢を育んでくれる蚕も同じように可愛い。そこで、二人目に授かる子の名は、その頃飼い始めた三頭の蚕たちの存在を慮った名前にしたい、ということやった」
「つまり、父の気持ちから言えば子供は五人。翔一兄の後に名前は分からないけれども三頭の蚕がいて、自分は五番目だから翔梧?」
 名前の由来を素早く察した翔梧がのんびりとした声で応じたが、知りたがっていた翔一は無表情でいる。
 北さんは翔梧の声に「そうやな」と短く応じ、再びキセルを使った。
「子供が二人、いや、お父さんにすれば五人だな、いて家族は幸せやったが、指導所(蚕業技術指導所)の仕事は順調と言えなんだ。(昭和)13年(1938年)に養蚕や製糸を生業とする家が平村だけでも500戸は有ったというが、戦争時の奢侈品御法度、その後の食糧増産で桑の消えた畑は元へ戻ることが無かったがいちゃ。そのうえさらに、ナイロンという強力な合成繊維が足元を脅かそうとしとるがやから」
 翔梧は、丘畑の隅に残った何本かの、桑の熟して黒くなった桑の実を採って食べたことを思い出した。桑の実はうまくてその時は夢中になって食べたが、しばらくは実の汁で紫色に染まった手や唇に困ったものだ。
 食い気を満たした桑の木も、土地改良法(1949年6月施行)、農業基本法(1961年)に基づく圃場ほじょう整備事業が始まって以降、ほとんど姿が消えてしまった。 

 
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