嘘だまり

かいこ(15)

2016年12月01日
かいこ

- 第三章 -

「いつもどーも。バスで出はったと聞いたもんで時間見て来たがやけど、あんたの所まで行けんで堪忍やちゃ」

兄弟に歩み寄った北さんは、この地方の方言交じりで今日の法要に出られなかったことを詫び、翔一も方言を交えて礼を述べた。
「ここまで来てもらっただけで十分ですちゃ」
「ほんならちょっこ(ではちょっと)参ってくるさかい、失礼しますちゃ」
 呆然ぼうぜんとする翔梧、翔梧の驚く理由を少しも知らない翔一。

二人に背を向けた北さんは、先ほど兄弟が置いた花束の隣に自分の花束を置き、瞑目めいもくする。十三年という遡った月日が翔梧の視覚を変えるのか、目の前の人物「北さん」は先刻よりも老いて見えるが、体形や顔つきなど、兄と名乗った「あの男」そのもの。
 翔梧は過去の翔梧と同体となった。「あの男」も兄と言うからには過去の翔一と同体になるべきなのに、そうはならなかったようだ。
 不意に、過去へ遡った直後の、「俺もしばらくは然るべき所に収まるとするか」と言った「あの男」の言葉が、翔梧の脳裏に浮かんだ。
――「あの男」は北さんを名乗って何をするつもりだ。

瞑目を解き、向き直った北さんは翔梧と視線が合った一瞬、ほくそ笑んだように見えた。すぐに顔つきを改め、当時の事故を知る者だけに通じるしみじみとした口調で、
「早いものやちゃ、八年になるがやね」
 翔一も感慨を抱いて応じた。
「あの時は日が経つのかと思うほど時間が長かったけど、早や八年が過ぎました」
「俺も年で、この後出て来れるか分からんさかい連絡したがやけど、ところで、隣におってや(いる)人、弟さんけ?」
「そんながいちゃ(そうなんです)、翔梧と言うがや(言います)。ところで、蚕が危ないと聞いて父母が出かけたがやけど、その時の様子を聞かせてください」
「俺もそのことで話しておきたいと思っていた。兄弟揃とるがならちょうど良い。立っとるのも何やさかい、ちょっこ座って話ししょまいけ(少し座って話しをしましょう)」
 道のふちには腰掛に手ごろな、コンクリート製構造物の車止めが有り、北さんを真ん中にして三人が腰を掛けた。まだ梅雨の季節というのに空梅雨なのか、空は青く谷底から吹き上げる風が蒸し暑さを吹き飛ばして心地良い。北さんは腰差し煙草入れからキセルと刻み煙草を取り出した。
「昔蚕をしている時、煙草は蚕に良くないというので吸わせてもらえなんだ。歳行ってからの唯一の楽しみながや」
 北さんは指でつまんで軽く丸めた煙草を雁首の火皿に入れながら、
「お父さんが養蚕を頼んでいた農家の家においでた(来た)時のことやけど、車に積んできた消毒機材はまにあわなんだ」

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