嘘だまり

かいこ(13)

2016年11月25日
かいこ
〈お前は、速度を緩められなかった原因として、ブレーキペダルとブレーキ装置をつなぐ「ワイヤーの破断」、か、ブレーキ多用でブレーキ素材が耐熱温度を越えて分解、摩擦力を無くする「熱フェード現象」などで、制動不能に陥ったと推測しているのだろう 〉

今まで黙っていた「あの男」がいきなり、翔梧の耳元で囁く。
「そうではないというのか それならば、そうでないという根拠を示せ」
 浮かんだ推測を男に見透かされて、うろたえた翔梧は思わず大きな声を出した。離れた所にいる翔一が声を聞きつけて僅かに翔梧を見た。
 姿の見えない男の声はなおも続く。

〈大声を立てるな。お前は先ほど頭の中に描いたではないか。虚しく噛んだ砂利をタイヤが振り払う「ザザザッ」という悲鳴に似た音をたて、砂ぼこりを巻き上げながら一直線に谷へ……、と。運転手の証言が正しければブレーキは利いたということだ 〉

男の指摘に翔梧はアッと声をあげた。
――当時、ブレーキの故障という話が少しも出なかったのはそういう理由だったのか。現場検証では「ブレーキが効いたか」を当然調べるだろうから、男の指摘は確かだろう。
 翔梧は納得するしかなかった。しかも事故は、五箇山へ向かう途中ではなく帰りに起きた、と今更のように気が付いた。帰り道であれば何も急ぐことは無い、運転に疲れたようなら途中で一休みしてもよかった。蚕の処置が思わしくなくて手に負えないようならば、応援を頼んだ方が急いで戻って出直すよりもずっと早い。
――父の運転はそれまで順調だったのに、曲がり角の向こうから現れた途端、ハンドル操作もしないで一直線に谷へ向かった。やはり「自殺説」は真実なんだろうか。
 翔梧の頭の中を疑問が巡った。
「翔梧、お前は少し変だぞ、法事の前にもそうだったが、今も何をぶつぶつ言っている」
 翔一が問いながら寄って来た。翔梧が十三年という過ぎた年月を遡ったと知らない翔一は、昨日までと姿は変わらないのに、大人びてみえる弟翔梧を戸惑いの目で見つめた。

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