何処(いづこ)へ ‐その7‐

「印画紙に浮かび上がった景色は、何の作為も持たず有りのままを写し取った夕焼け。それが作品に穏やかさと優しさを与えて実に神々しいものがある。それに比べると、わしの作品は貪欲に像を取り込もうとするなど雑念が多く、それらが像の所々に現れて作品がささくれ、見る者を背けさせてしまう。撮った写真を比べられて困るのはわしの方なのに、少しも気づかなんだ。この時になって、このわしはやっと、他人を貶めてはならんと気づいたのじゃ」
 悔いを滲ませそれでいて物静かに語る老人に今も自身を責める姿が秘められていた。その姿を翔司は優しく見つめる。
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 だが、老人は一転して、
「わしの心を傷つけないように慮ったふりをして、メモ代わりに取り比べの写真を使うなど、さりげなく応じるあいつは、端からかなわぬ相手であった。わしはその時から自戒の意味を込めて、《写狂老人》という名を使うことにしたのじゃ」
 悔しそうにつぶやいた。
「ところで、あいつは今どこに?」
 時おりのいな光が能面の般若に似た温もりのない肖造の表情を一瞬浮かび上がらせた。
「あの男、老人の持つカメラに執着して、一時は奪おうと後をつけ回したようですが、すでに価値が無いと知ってどこかへ去りました。」
「カメラに価値がないなどと、あの男が言うはずはない」
 老人は翔司に向けて片手を伸ばし、カメラを渡すように催促した。何か思惑があるようだと察した翔司は渡そうとして、老いて見えるほど変わり果てたカメラに驚き、危うく取り落としそうになった。疲れたカメラが小さなあくびをしたことまで分かっているが、その後、肖造の動きや老人の告白に気を取られて、いつのまにかカメラに向ける目が留守になっていた。
「おっと、今までは男を丸め込んで老人からカメラを取り上げようとして、うまくいかぬうちに嘘だまりにしてやられました。だが今では、あなた方の言う嘘だまりなんて、あのカメラでなくても作れるようになったのですよ。何なら今ここで試しましょうか?」 
 肖造は持っていた杖で、「見なさい」と言わんばかりに示めした先に、今まで隠されて見えなかった平屋の家が現れ始める。
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素姓乱雑
Posted by素姓乱雑

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