嘘だまり

かいこ(11)

2016年11月19日
かいこ

城端から五箇山の平村(現、富山県南砺市平村)までは、1970年(昭和45年)に国道となる304号線を使う。この道路は1973年(昭和48年)にアスファルト舗装になっても依然として曲がりくねって狭く、前方から車が来てもすれ違いのできない所が何か所か残った。こくどうからの脱却は1984年の五箇山トンネル開通まで待たねばならない。

だが国道に昇格する前の、この事故が起きた頃はもっと深刻だった。中でも、城端町大鋸屋(現 富山県南砺市大鋸屋の五箇山トンネル口)から細尾峠ずいどうまでは難所だった。急峻な山肌を削って通した道の片側は深い谷にもかかわらず転落防止さく(車止めなど)も不十分で、谷側に寄りすぎると路肩の小石がパラパラと落ちてけんがいにへばりつく草木に当たる、バサ、バサッという音が聞こえた。
 危ないと思ってブレーキを踏んでもタイヤは砂利を噛むだけですぐには止まらなかった。しかも、谷底との気温差によるものか付近はモヤのかかる日が多い。この辺りを人々は、道のできる前から「人喰い谷」と呼んで恐れた。新緑や錦秋には美しい景色を堪能させてくれるが、通るには神経がすり減る思いのする悪路だった。

父と母が乗る車と遭遇した運転手は、「そのような難所を、車は速度も落とさずに細尾峠側から下って来た」と証言する。
 しかもその日は雨こそ降っていないが梅雨という季節がら、辺り一帯に立ち込めた濃いモヤで見通しは悪かった。モヤが薄らいだ一瞬、谷を挟んで折り返した向かい側の道に、峠側から下って来る車を見た運転手は、曲がり角の向こうから「車が現れる」と知り、角の手前で山肌に車を寄せて対向車が行き過ぎるのを待った。
 ところが、現れた車は急な曲がり角にも関わらず速度を落とす気配などなく、虚しく噛んだ砂利をタイヤが振り払う「ザザザッ」という悲鳴に似た音をたて、砂ぼこりを巻き上げながら一直線に谷へ消えていった。
「一瞬、何が起きたのか分からなかった、目を疑うようなできごとだった」
 当時、運転手は目に焼き付いた恐ろしい光景に震えながら証言した。


当時の国道の状況が分かる貴重な写真をお借りしました ―― 名鉄バスの一般路線 名古屋金沢線(通称;名金線)です。 名古屋の名鉄バスセンターから金沢駅前まで一般道をただひたすら走ってました。 (手元のパンフ「年代不明」では、9時間30分かかってます)<文中より抜粋>
文並びに写真の出典元「きまぐれな写真室」様より
(一番下の写真に見えるのが細尾峠隧道です)

バスがやっと通れる狭い道(道はアスファルト舗装してあるので1973年以後の写真と思われる)

旧国道304号線

バス進行方向右手に見える断崖に折り返す道が見える

旧国道304号線

狭い細尾峠隧道

旧国道304号線
 
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