何処(いづこ)へ ‐その6‐

 老人は翔司の持つカメラを指さして、
「今はお前さんに譲ったカメラなんじゃが、掘り出し物が有るという情報を最初に掴んだのはこのわしでは無く、相手の方じゃった。それを横取りするようにしてわしが手に入れた。誰もが欲しがるカメラをわしが手に入れた時はそれだけで、『誰よりも優れた写真を撮れるもの』と、思い違いした。カメラとの相性も良く撮れた写真の出来栄えも悪くない、その時のわしは有頂天じゃった。じゃが、『カメラの自慢をしたい』というわしの思いが乗じ過ぎたのか、慢心するのに気付かなんだ。今から思うと恥ずかしいほど、行く先々で相手のカメラを貶したのじゃ」
 話していて砂ぼこりを吸い込んだのか老人は小さく咳をした。
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「その相手とわしは、似た景色を撮り比べたことがある。だが相手は比べられることを嫌がったのか、撮ったものをわしに見せようとしない。わしは怒った、『見せろ』と相手の家に押しかけて行った、そこで見たものは未だ忘れない。今まで家の中にあった、たくさんの撮影機材、暗室などのことごとくが消え、空っぽになった家だ」
 老人の告白は続く。
「競い合ってきた相手の来し方を見たわしの心は空っぽになった。その空っぽになった心が実に頼りなくて薄ら寒い。今まで何をして来たのだろう、『無駄な事をしてきたのではないか』というやりきれない思いが強まり、わしは脱力感に襲われた」
 聞いている翔司に、「無駄な事をしてきたのではないか」というひと言が重くのしかかり、老人のやりきれない思いがひしひしと伝わった。
「だが、衝撃を受けたのはそれだけでなかった。空っぽになった家の玄関にメモが一枚だけ残っている。それには『撮るのに疲れた』と書いてあった。メモを裏返すと、わしが見せろと迫っても見せなかった、撮り比べの写真。そこに写っているものを見たわしは、総身から血の気が引くのが分かった。わしは体の芯が無くなったようになって、その場にうずくまってしまった……」
 誰にも打ち明けることのなかった過去をさらけ出した老人は、なかば放心状態で小さなため息をついた。
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素姓乱雑
Posted by素姓乱雑

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