見えない敵 ‐その9‐

「岩を動かして嘘だまりを外そうとしたのじゃろうが、却ってやりやすくなった」
 写狂老人は満足そうに言い、
「カメラに残ったエネルギーは少ないだろうから十分な働きは期待できんじゃろう。節約できるところは節約せんと」
 老人は岩の下に詰めた嘘だまりを確かめていたが、ふと手を止めた。
「先ほど、岩のまわりを激しく流れていたのは恐怖の大王が操った時間なのじゃが、操られた者はあまりにも早く過ぎ去る時間に驚いたじゃろう。もしかしたら、わしらの代わりに流されて行方の分からなくなった者がいるやもしれぬ」
「あの激しく流れていたのは時間だったのですか」
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嘘だまりを詰めている最中に大きな衝撃が来たじゃろう、あれは数人分の時間が一塊になって流れたからじゃ。時間を操った者は予想もしない大きな事故に驚いたじゃろうが、大きな犠牲を払ってでも手を緩めることはなかった。恐怖の大王とは非情なものじゃ」
 老人は悼むように瞑目した。
 熱の下がったカメラは元に戻ったように見えたが、さすがに疲れは隠せなかった。それでも与えられた任務を黙々とこなす姿がいじらしくて、翔司は時々手を止めそうになった。
 作業は思いの外、捗った。
 岩が谷へ転げ落ちる刹那、翔司は通り道の証となるような暗い洞穴が落ちた岩で塞がれるのを見た。
嘘だまりを作るために歪んだ時空から泡のような隙間をかき集めていると、時に、流れから逸れた〈いにしえ(過ぎ去った遠い昔)〉が隙間に紛れ込んでいることがある。わしはそっと流れに戻してやるのじゃが……。ところで時間の流れをどう捉える」
「過去から現在、そして未来へ、止まることも戻ることもない無限の流れ?」
「大まかに言えばそうなのじゃが、一生の時間を例えるならば流れは逆になるが、若い時は河口のように時間の幅は広くゆったりと流れ、年を経るにしたがって川を遡るように時間の幅は狭まって流れは早くなる。やがて滴のような時間となるが、それもいつかは途絶えて天に戻る。われわれの祖先が海から陸へ上がってきたように」
 老人と翔司のまわりを、いつもの穏やかな時が流れていた。

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素姓乱雑
Posted by素姓乱雑

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