嘘だまり

見えない敵 ‐その5‐

2018年10月14日
嘘だまり 0
 岩を睨んだままで、「行くぞ!」と翔司に告げた写狂老人は慎重に、岩からはみ出た嘘だまりへ近づいた。やがて岩まで数歩のところで、嘘だまり目がけて飛び込んだ老人は水泡のような嘘だまりへ吸い込まれるようにして消えてしまった。翔司はどうしたらいいのか困っていると老人の怒鳴り声がする。
 だが、岩のまわりを取り巻く何かにさえぎられて、聞こえるのは吹き飛ばされずに届く声の断片。老人が何を言っているのかまったく分からなかった。
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「何をためらっている、早くこちらへ来るんじゃ!」
 突然、翔司の首から下げたカメラを通して老人の声が。翔司は思いもしない所から聞こえる声に促されて、おそるおそる嘘だまりに近づいた。遠くからは分からなかったが、近くで見る嘘だまりは岩を取り巻く激しい流れに襲われ、強い力で歪められていまにもちぎれそうで、悲鳴に似た音を立てて細かく震えていた。
――今、老人と行動を共にしなければ、何のためにここまで来たのか分からなくなる。翔司はそう思うが、今にも嘘だまりを引きちぎりそうな激しい流れに引きずり込まれそうで、怖くなって手足が震えた。
 そもそも、飛び込むにも嘘だまりの入口が分からない。流れに歪んだ嘘だまりの入口はどこだろうかと捜していると、「ここだ」という老人の声が聞こえる。翔司は声のする方角へ手を伸ばし嘘だまりの入口を確かめようと、激しい流れにさらすうちにたちまち手は紫色に変じて感覚が無くなり、やがて指先が流れに溶けこんだように透明になった。
 流れは風を起こさず、水に似ているが手は濡れることはなく、さらした指先は熱くも冷たくもなかった。翔司はこの時になって、激しく流れるものが、水でも空気でもないと気付く。
 いぶかしく思った翔司が慌てて手を引っ込めようとしたその時、いきなり伸びてきた手に腕を掴まれる。
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素姓乱雑
この記事を書いた人: 素姓乱雑
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