嘘だまり

揺れる大地 -その3-

 なぜか楓はショウゾウの言うとおりに逃げなかった。家に残ってショウゾウが戻るのを待つ楓に異変が起こったと知らされたのは、ショウゾウと叔父が出かけてから数時間が経ち、昇ったお天道様が高くなった頃。
 写狂老人はその場に着くのは間に合わなかったが、ショウゾウと一緒に出かけたはずの叔父が一人で丘から戻って来るのを、ショウジの胸にぶら下がったカメラから眺めていた。
「大変だ、ショウゾウが崖から滑り落ちて大けがをした。手当てをするには人手がいる」
 叔父は追いたてるように、すぐにも楓を「ショウゾウの落ちた所へ連れて行く」と言い出して、外出の支度をさせた。
 楓は大けがをしたというショウゾウは気がかりだが、まだ幼いショウジを誰もいない家に残して行けない。そこでショウジを背負って出かけることにしたようだ。
 老人は叔父のすることが訝しいと思った。崖から滑り落ちた者がいる場合、まず崖下から助け出すために人手を集めるのが先。応急手当ては集めた人の中からやりくりした誰かに任せればいいことで、何も重い子供を背負った足手まといになる女を、危ない所に連れていくなど考えられない。情報を真に受けて留守をした間の隙を突かれたようだ。
 引き連れられた楓が出かけて間もなく、老人は平屋の家に帰り着くことができた。
 だがカメラが手元にない今、老人とカメラをつなぐ枝道をたどり、カメラに戻って嘘だまりを拵えている余裕はない。已む無いのでカメラと老人を繋いだ生命線ともいえる枝道を、切り離して嘘だまりに使うことにした。
 ショウゾウの叔父だという男と楓の姿は見えなくなったが、向かった方角は先ほどカメラから見ていたので行き先は見当が付く。すぐに先回りをした老人は切り離した枝道を膨らませて単純な景色を貼り付け、行き着くことの無いどうどう巡りの嘘だまりを道の途中に仕組んだ。
 男だけが知る、ショウゾウが落ちたという場所に辿り着けないのは残念だが、ショウジ、楓を危ない目に会わせることはできない。
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 男を含めた三人は過ちなく老人の仕組んだ嘘だまりに入る。行けども行けども同じ景色に苛立つ男は、歩くに疲れて背からショウジを下ろす楓に、「早くしろ」と急かした。最初は「道を間違えたようだ」と、ぶつぶつ文句を言うだけだったが、そのうちに我慢ができなくなったようだ。「こんちくしょう」と叫んだあげく、老人の思った通り酷薄な本性を表した。突然振り返った男はショウジの胸に下がったカメラへ目を遣り。
「お前達をこのまま谷底に突き落としてやる。『ショウゾウの後をあわてて追ったので、崖の上で足を滑らせた』と俺が言えば、誰もが不審に思わず、納得するだろう」
 そう言い、真っ先にショウジへ襲い掛かかってカメラを奪おうとした。
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素姓乱雑
Posted by素姓乱雑

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