嘘だまり

不思議な店 -その7-

2018年04月29日
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撮影方法は今も変わらないが、撮影者は先に被写体が何かを選んで設定した後、ファインダーを覗き写したいものがカメラの指定した枠内に納まっているかを確認、シャッターを押す。それだけで撮影が済むようになった。同時に、小型で軽量・安価になったカメラはそれまでの、「持っているのは、ごく一部の限られた人達」といった印象を拭い去った。人々は撮影を楽しむため、どこへでも手軽にカメラを持ち歩くようになった。
 当時、持ち合わせが少ない翔司が買ったのはそのような機種である。翔司はそのカメラを持ち、そのころ見かけるようになった写真同好会に出かけた。
 すると仲間の一人が撮影会場で翔司の持つカメラを蔑み大勢の前で嘲笑したばかりか、撮影中に「そこのバカチョン、ここは記念撮影会じゃないぞ! 撮影の邪魔だから退けろ!」と、マニアから邪険な言葉を浴びせられた。
 それらの雑言悪口が度重なり、シャッターを押すだけのカメラでは「心に残る自然を、思もうまま撮りたい」という、翔司が持つ夢を満たすには無理があると思った。それ以後、翔司は写真同好会に参加をしなくなったばかりか、カメラを持ち歩くことさえなかった。

 
 老人は翔司の打ち明け話が終わった後も、白髭をもてあそびながら、しばらく考え事をしていたが言葉を選び、
「言っておくが、シャッターを押すだけのカメラであってもそうバカにしたものではない。カメラの使い方しだいでは、上位機種に即応できない、貴重な瞬間を撮ることができる」
 老人は机の上の写真集をめくり指差した。
「この写真はお前さんが話した、誰もが気軽に持つことができるカメラでで撮ったものだ。つまり、持っているカメラに合わせてどういったものを撮るか、ということなのじゃ」
 見せられた写真は、安価なカメラで撮ったとは思えないほど、鮮やかに瞬間を切り取っていた。
「わしが思うに、撮影仲間やマニアの心ない言葉をいつまでも気にするのか、それとも、これからの心構えの糧とするのか、それによってこれからの、写真を撮るときの心構えが違ってくると思うが、どうじゃな?」
 さりげなく諭した老人は翔司から視線を逸らし、ひとり言のように話し始めた。
「人とは愚かなもので、優れたカメラ持つだけで誰よりも優れた写真を撮れるものと思い違いをすることがある。また、自分のカメラを自慢したいと思う心持ちから自分でも気づかぬうちに、他人の持つカメラを蔑み悪口を平気で放つことがある」
 老人は変わらずに、薄汚れた壁の一点を見つめていた。
「しかもそのような者は、蔑んだ相手の立場になって考えることが無いから、自分の悪口により、相手が傷つくなどと考えてもみない。じゃが。そのような者が撮ったものを、現像(撮影したフイルムに、像が現れるように処理をする)して印画紙に焼き付けてみると、思わぬところで、そうした思い違いが像となって現れることがある」
 

 
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