嘘だまり

不思議な店 -その6-

2018年04月22日
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部屋に入ったときは気が付かなかったが背後の壁に作り付けの小さな棚が有り一台のカメラが置いてある。気配の正体はどうやらそのカメラで、生き物のような艶めかしさで翔司の気を惹いた。
 それにしても魅力のあるカメラ。翔司は肖造に好みの機種を聞かれたが、棚に置かれたカメラはまさに翔司が欲しいと答えた機種。翔司は肖造が再び顔を見せるまで触れないつもりでいたが、気を惹くカメラと相思相愛に落ち入ったようになり、いつの間にか手を伸ばしていた。
 フイルム装填式で厳めしい形のカメラは手にした最初こそ持ち重りを感じさせるが、しばらくすると使い慣れたように手に馴染んで、重さはそれほど気にならなくなった。
 翔司はファインダーを覗きながらいろんな所に焦点を合わせて、その使いやすさに驚く。カメラは翔司の目のように確かな像を結んでくれる。このカメラならば写真集に載っているような、心に残る写真を撮ることも夢ではなかった。他人のカメラなのに翔司は湧き上がる興奮を抑えきれなかった。
「どうじゃなそのカメラ。気に入ったかね?」
 不意な背後からの声に驚いた翔司が振り返ると、いつの間に部屋に入ったのか、写真集に載っていた「写狂老人」という写真家に似た白髪・白髭の老人が立っていた。翔司は断りもなく触れたカメラに気づき、慌てて棚に戻そうとすると、
「気に入ったのならカメラは持ったままでいいが、少々、話をさせてくれんかの」
 老人は気さくに言い手で椅子を示すが、「お引き合わせしたい方がいます」と言った肖造は戻ってこない。
「先ほどの店員さんはどちらに?」
「肖造は店の用事が有るので店先に戻った。肖造が引き合わせたいと言ったのはこのわしなんじゃ」


 翔司が椅子に座るのを待ち、向き合った椅子に腰を下ろした老人は、時おり机上の写真集に目を向けたが気にすることもなく、カメラとは縁の無いよもやま話を始めた。だが単なるよもやま話とは違ったようで、老人がそれとなく翔司の人柄を推し量っているのが分かる。
「ところでお前さんは以前にカメラを持ったことがあるというが、持っていたのはどのようなカメラで、撮るのを止めたのはなぜじゃ?」
「話は横道にそれるけれども」と前置きをした翔司は打ち明け話しを始めた。


 翔司の就職した頃すでに、「大量生産・大量費消」の波が押し寄せ、カメラもその波に乗って大きく様変わりをした。
 一般機種に限ってはレンズの焦点を合わせる、露光(シャッターを押した時の、像となった光をフイルムに曝す)の調整や、露光したフイルムを巻き上げるなど、それまで複雑といわれた一連の操作を、カメラが自動で行うといった機能が加わった。今はその名が使われなくなったが、いわゆる「バカチョン」カメラの誕生である。


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素姓乱雑
この記事を書いた人: 素姓乱雑
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