嘘だまり

不思議な店 -その2-

2018年03月25日
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表示が「売り場」になっていて、「立ち入り禁止」になっていないので入ってみると、第二売り場は先ほどの売り場と違って、陳列書棚は貧弱であり、やや明るさが足りないからか陰気である。だが並んだ書籍はそれぞれに超一流という雰囲気を放っていた。
 棚から一冊を抜きとれば風景などが載った写真集で、期待に違わず、ありふれた風景を写真家が切り取るとこうも違うのかと、ページをめくるたびに驚かされた。
 写真集を眺めるうちに翔司の記憶に蘇るものがある。
 今こそ翔司はカメラを持っていないが、心に残る自然を思うままに撮りたいという夢から、なけなしの小遣いをはたき安直なカメラを買ったのは、勤め始めて2年も過ぎ、会社の仕事にようやく馴れて心の余裕ができた頃。
 すごい、別世界のようだ!
 初めて手にするカメラの、レンズを通して覗く世界は思いがけず新鮮なもので、被写体に焦点を合わせると生命力あふれる姿が浮かびあがり、被写体の持つ魅力を引き出して見せた。また見慣れた景色もレンズ通せば、季節をまとったまったく違う風情を見せる。
 その時の感動を忘れてから、ずいぶんと年月が過ぎてしまった。
 翔司はその時の心の高ぶりを思い起こしながら、写真家名が「写狂老人」となった写真集の頁をめくるうちに、一枚の写真に目を止めた。載っている風景は富山県の砺波地方に見られる夕暮れの散居村を俯瞰したもの。
 田植え間近の水が張られた田とその間に散在する屋敷林に囲まれた家々が、セピア色に染まる夕暮れに浮かび上がった光景は、幻想的な趣が漂い、それでいて郷愁を誘う。
 すばらしい写真だ! このような心を揺さぶる風景が撮れるように、もう一度挑戦してみたい。
 初めてカメラを覗いた時の感動がよみがえり、長い間忘れていた夢を掻き立てられた。中途で夢を諦めただけにいまの翔司はこらえ性がなかった。写真集は高価そうだが幸いにも手持ちが有る。買うと決めた翔司は逸る気持ちに急かされて足早く精算所へ向かった。
「この写真集をください」
「わかりました、少々、お待ちください」 

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素姓乱雑
この記事を書いた人: 素姓乱雑
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