嘘だまり

出会い -その4-

2018年03月04日
嘘だまり 0

もはや翔司の心臓は制動装置が壊れた機械のように激しい収縮を繰り返し、肺は引きも切らずに新たな空気を求めた。それらの機能が追い付かなくなると頭痛を引き起こし、意識は朦朧となってくる。心臓はもとより体全体が悲鳴を上げていて逃げ切れるものではない。しだいに諦めが翔司を支配する。
 走り続けることができず立ち止まった翔司は荒い息を整えるために、膝にあてた手で折り曲げた上体を支え、恐る恐る振り返れば……。洞穴から抜け出たように灰色に濁った世界はどこにも見えず、まぶしい視界が開けているではないか。
 翔司を取り込もうと迫ったものは何だったのだろう、怪しい気配はどこにもない。ホッとした途端に気が抜けた翔司はその場に尻餅をつき、しばらくは身動きがままならなかった。
 うっそうと茂って辺りを薄暗くしていた雑木林は途切れ、広がった青空からまぶしい春の陽が翔司とカメラにふりそそぎ、無音だった世界が一変して騒がしい小鳥のさえずりが耳を打つ。そよ吹く風が汗ばんだ頬を撫でて不安を鎮めてくれた。先ほど見たこと起きたことのすべてが夢か幻のようだ。


 再び道を歩き始めた翔司は、わずか先でかつての屋敷跡とおぼしき広場に行き着いた。
 広場にはここを去った家族の帰りを待つように立つ一本の木。植わった場所を変えたのではないかと思うほど、先ほど撫でたカエデと姿が似ていた。
 カエデは更地と化した広場を何年見続けたのだろう、話し相手が誰もいない淋しさを内に秘め、暖かい日差しの下、芽生えたばかりの柔らかい葉を広げて翔司を迎えてくれた。
 翔司は迷わずカメラの先を、人待ち姿のカエデに向けた。
 カエデはかすかな風に葉を揺らし、真上からそそぐ陽を浴びて、「おいでおいで」をする母に似ていた。翔司はファインダーに結ぶ像を確認しながらカエデの姿をいろんな角度から撮影しようと試みた。
 だがこの時になって、カメラは思った像を素早く結んでくれない。

 
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素姓乱雑
この記事を書いた人: 素姓乱雑
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