嘘だまり

出会い -その1-

2018年01月16日
嘘だまり

地上をあまねく照らす太陽は時として、思いがけないものまで光を当てて蘇えらせることがあります。
 今も、窓から伸びた光は翔司の部屋に漂う薄暗さと冬の残滓を一掃、柔らかく暖かい春の色で染めあげたあと、翔司が枕もとに置いたカメラと写真集に光を集め、凍てついた過去を蘇えらせようとするのです。


- 出会い-


昨晩、写真集を見ながらカメラにいろんな思いを寄せて夜更かしをした翔司は、日曜となる今朝、さしたる予定もなく気ままな朝寝坊を決め込んでいたが、誰もが待ち焦がれた芽吹きの季節を迎え、あらゆる草木が蠢動しゅんどうし始める気配は、翔司の心を落ち着かせない。
「あぁ~あ」 
 寝坊を妨げられた翔司は布団から抜け出して立ちあがり、大きく伸びをすると、昨日までの体にまとわりつくような冬の陰陰いんいんとした気配が、重くてかさ張る冬の衣服を脱ぎ捨てたように身辺まわりから消え失せたと気付かされる。
 ずいぶんと身軽な心地になった翔司は、
「いい日だなぁ~、そうだ!」 
 写真集を見て撮りたいと思った、新緑の萌え出る春を探しに出かけます。




柔らかい春の日差しの中、カメラを持った翔司が歩きなれた川ぞいの道を行けば、同じように、春の日差しに誘われた家族連れの人達、犬を連れて散歩をする人の姿が、川ぶちに広がる野原のあちらこちらで見受けられた。
「ようやく暖かくなったわね」
「昨日までの寒さが嘘みたい」
「この分だと、桜もじきに咲くのじゃないかしら」
「こんなに暖かい日が続けばそうなるかも」
 誰もが、寒さから解放された喜びを表している。
 子どもたちが歓声をあげて飛びまわる野原はまさに芽吹きの春の到来で、一段と濃くなった緑の中のあちこちで咲き始めたタンポポが鮮やかな黄色を印象付ける。日陰になって残ったわずかばかりの冬枯れの下にも新しい芽吹きが覗いて見え、辺り一面が緑の絨毯じゅうたんにとって替わるのも間近いだろう。
 翔司は肩から下げていたカメラを手に取り、飛びまわる子どもたち、芽吹きの春にカメラのレンズの先を向けて、盛んにシャッターを切った。
 翔司の持つ黒光りのカメラは、どこか懐かしいフイルム装填式で、思いがけないことから譲り受け、翔司の持ち物となったもの。カメラの形こそ厳めしいが、ずいぶん前から使っていたと思えるほど手になじんだ。扱いやすくて持ち重りを感じさせないカメラだけれど、撮ったフイルムを現像(撮影したフイルムに、像が現れるように処理をする)して、印画紙に焼き付けて見ないことには、カメラとの相性の良し悪しを見極めることはできない。日和ひよりのいい今日は散歩がてらに、試し撮りをする絶好の機会。
 野原を外れて雑木林の見える所まで来ると会話が聞こえる。
「こんにちは! お散歩?」 「そうなの、久しぶりに外へ出たわ」
「ようやく暖かくなったわね」 「昨日までの寒さが嘘みたい」
 翔司の胸でカメラが弾めば合わせるように会話が進んだ。
「最近は寒暖の差が大きいから、なんだか春の装いが進まなくて」
「昨日と今日では10度も温度差があるものね」
「その他に、地震や洪水なども多いし……。季節に追いつくだけで精一杯」
「やはり、地球に異変が起きてるのかしら」
 どこかで母の呼ぶ声を聞いたような気がして翔司は立ち止まった。聞こえた方角に目を遣れば、いつしか話しは止み、あたりに人の姿はなく、視線の先にあるのはカエデの木。

 

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