嘘だまり

かたみ分け(10)

2017年11月21日
小説・かたみ分け

嵐はいずれ止んで何ごとも無かったように晴れるだろう。けれども加奈を取り巻く嵐はいつ治まるとも知れなかった。もしかすると翔平を巻き込んで、嵐はもっと激しくなるかも。そんな予感が加奈にある。
 だがそうなれば、加奈がこの町を去ることで嵐は治まるだろう。

形見分けの騒ぎで、夫の思い出に繋がる品を殆んど失った加奈は、この町を去ることが怖くなくなった。今から思えば、淋しさを抱えて人の群れの中をさまよった日々が、遠い過去のようだ。
「ことさら周りを気にせず、自分らしく生きよう」。いままでのうれいが吹っ切れた加奈は、最後に残った「形見」に気付く。

翔平は荒れた外を眺める加奈を見て、いままで抱えていた憂いが吹っ切れたようだと思った。穏やかさを取り戻しつつある加奈を見れば、どうしても欲しい叔父の形見がある。だが、その話しを持ち出して「嫌」と言われたら、今後、加奈と会えなくなるかもしれない。話しを持ち出すには勇気がいった。

加奈と翔平はあの形見分けの日、今いる部屋で交わした口づけを思い出した。

 

できるならば、あの時よりも更に深く、夢心地の世界に這入り込んでみたい。
 突如、部屋の中を白く染めた雷光は、空間を歪ませて加奈と翔平の心を操り、二人が持つしがらみを消して陰のない世界を作り上げた。
 間を置かず天地を揺るがす雷鳴に、恐怖に駆られた加奈が翔平にしがみ付いたのが始まりだった。「翔平、加奈を頼む」の声が弾けるように二人の脳裏で蘇えった。
「あの人が一番大切にしていた私を、形見として受け取って欲しい」
「叔父が気に入って大切にしていた加奈を、形見として欲しい」
 同じくして、つがう言葉が翔平と加奈の口を衝いて出る。息が苦しくなるほど互いを引き付け、目と目を見つめあう。すぐに抱擁と熱い口づけ。
「お~い翔平、雨が激しいから傘を持って迎えに来たぞ~」
 玄関で翔平を呼ぶ父の声が聞こえた気もするが、翔平も加奈も「形見」という言霊に導かれ、めくるめく夢心地の世界に入り込んでいる。
 二人の気持ちが伝わったのか、それとも、弟が言い残した、「私の身に万一ということが有れば、翔平、加奈を頼む!」を、兄である父も知っていたのか、声が聞こえたのは一度きりだった。

― 了 ―
 
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