嘘だまり

かたみ分け(9)

2017年11月14日
小説・かたみ分け

あと僅かで修理が終わるという頃になって、急に部屋の中が陰る。
 翔平は覗き込んでいた押し入れから顔を出して窓の外を見ると、いつの間にか天候が急変していた。ここへ来る時、天候が変わるなどと予想もしていないので傘など持って来ていない。翔平は修理の手を止めて各部屋を覗き、開いている窓を閉めて歩いた。間をおかずに窓の外は激しい雨となった。

加奈の胸が高鳴るのは、夫が亡くなって以来、初めてのこと。その訳は無論、翔平が家にいるからだが、思った以上に高鳴る自分を持て余した。
 加奈はひとまわり以上も違う夫と出合ってからというもの、幼く見られまいと常に背伸びをしてきた気がする。一時の感情に浮ついたり流されたりするのは、大人になりきれていない証し。自分はすでに大人の世界に何歩も足を踏み入れているのだからと。
 夫の前では大人として取り繕ってきた加奈なのに、夫が亡くなった今、翔平がいるというだけで娘に戻って心がときめく。
「あの人、嫉妬しているかも」
 心揺らぐ加奈を、夫は苦笑いして空から見ているかもしれなかった。

 

むろん今でも加奈の心に、義理ではあるが甥と叔母という壁は存在する。その壁が脆く崩れていきそうだ。
 悩んだ加奈はわざと顔を近づけて翔平の心を確かめようとした。だが翔平にそうしたしぐさを好ましくないと思われるのが怖くて、加奈は確かめられないまま部屋を出てきてしまった。なぜそれほどまでに翔平が気になるのか、にわかに変化する空模様は、思いもかけないことが起きる前触れのようでもある。

加奈は気を取られてばかりいられなくなった。風と共に雨脚が強くなり、夏到来を告げる雷鳴が近くなっている。急に荒れだした天候に、二階の部屋の窓を開け放したままだと気付いた加奈は、急いで二階に駆け上がったが、加奈が入った部屋には翔平がいて、すでに窓を閉め終えていた。

時おり、雷光が黒雲を裂く。
 窓の外では強い雨に打たれて傾ぐ草木を、風が更にひしぐ。窓から見えるあらゆるものが俄かの嵐にしいたげられていた。
 叩き付けるような激しい雨が、窓ガラスに途切れることのない線を幾筋も描いて流れ落ちる。

窓際に寄り、翔平に並んで荒れた外を眺めた加奈は、嵐に虐げられる草木の姿が今の私のようだと思った。

 
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