嘘だまり

かたみ分け(5)

2017年10月22日
小説・かたみ分け

お茶の準備を整え終った加奈は、いつまで経っても側に来てくれない翔平に苛立った。先ほどのお面の件で、「翔平の機嫌を損ねたかな」と心配したが、家の中を眺めまわす翔平にそのような素振りは見られない。 早く話し相手になってくれるのを待ち望んでいる加奈は、心に生じたさざ波に翻弄される翔平にまで思いが及ばなかった。

叔父がいたときの加奈は叔母という意識が勝り気ままに話せたが、叔母という垣根が無くなったと気付いた翔平は穏やかではいられなくなった。翔平の心らかじめ見抜き、加奈と二人だけになることを戒めた父の鋭さを知った。お茶の準備した加奈の気持ちを無にするようだが、落ち着かなくなった翔平は先に聞いた用件を思い出した。
「壊れている所はどこなの?」
一瞬憮然とするも、しかたなく立ち上がった加奈。家へ寄る口実を設けたことがいまは裏目に出たようだ。

加奈が案内したのは、かって、夫婦が寝室として使っていた部屋で、中に入れば加奈が使っている化粧品の残り香なのか、いい香りがする。

 

壊れていると言う押入れの戸を開けると、棚を受ける横木が傷んで落ちそうになっていた。不思議に思った翔平は思わず加奈を見た。たとえ押し入れであっても、「金を惜しまずに立てた家で、造りはしっかりしている」と、叔父が言った割には簡単に壊れたものだと思い、覗き込んでみると、「いたずら」をした跡がある。加奈が、「やはり分かった?」、とでも言いたげに首をすくめて見せた。
「彼、押入れでふざけたりするから、困らせようと思って鋸でいたずらをしたの。それで、切り込みすぎたのかしら……」

加奈はその時のいきさつを詳しく話さなかったが、ふざけた後のいたずらにしては度が過ぎた。思い切ったことをしたものだ。
「彼が、そのうちに直すというから、そのままになったの」
 それも遠く淡い思い出になってしまった。

壊れた棚は翔平でも直すことができる。僅かの材料を買ってきて、折れた所を取り換え補強を施すだけで済む。だがそうなると、加奈の家に立ち寄ることを戒めた父に、ことわりもなく加奈の家に立ち寄ったことを打ち明け、後日、修理で再訪する時の了解を得なければならない。翔平にとってはその方が面倒。

加奈は夫によく似た翔平の横顔を眺めるうちに、壊れたところを気軽に直してくれた夫を思い出した。器用だった加奈の夫は、大工道具も一通り揃え、それが今も変わらずに納戸に仕舞ってあるのを翔平も知っている。加奈は翔平のためらう理由わけに気付かない。いつまでも覗き込んでいる翔平に苛立って意地悪く聞いた。
「やはり、手慣れた大工さんに頼んだ方がいいかしら?」
翔平は返事よりも先に聞いた。
「直すのはこの先でいい?」
「今でなくても構わないけど」

使っていない部屋の壊れていたことを今まで忘れていたくらいの棚だから、使えなくても加奈は不自由はしない。だが翔平は加奈が急がないのをいいことに、お茶も飲まないでそそくさと帰ってしまった。 

 
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