嘘だまり

かたみ分け(4)

2017年10月18日
小説・かたみ分け

加奈の家に着いた翔平は入念に家の外を見回るなど、加奈をずい分と待たせて玄関に入った。
「変わらないね」
玄関を眺めまわした翔平がつぶやいた。
「そうよ、前のまま。だって変えようがないもの」
「もしかしたら、片付けてしまったと思った」

そう言われてようやく、加奈は思い出した。加奈は玄関に飾ってあるお面の置物を指し、わざと夫にも聞こえるように大声で、翔平に向けて言ったことがある。
「このお面、邪魔。それに、玄関に入ったとたんに睨まれるようで、私いやなの」

お面は宇宙人として描かれる顔に似ていて、誇張した緑色の目とけばけばしい彩色が目立つ。加奈にとってはお面があるだけで、玄関が異様な雰囲気に包まれて落ち着かない。また、下駄箱の上に花を生けたいと思っても邪魔になった。好みまで夫に似ている翔平は、夫が善かれと思って飾った物を、加奈が「私いやなの」と言ったので、今まで気に留めていたようだ。
「玄関のお面、気に入っているならあの人の形見として、翔平さんにあげようか?」

 

叔父が気に入っていたものだ、貰えるなら欲しいと翔平は思った。だが、玄関に飾るのを加奈が嫌っていると知りながらそのままにしたくらいだから、叔父の思い入れの深い品物であり、招いた誰彼となく見せたくて玄関を選んだという叔父の気持ちが推し量れる。

いま飾ってある位置を奪えば叔父の存在も消えて無くなり、玄関というより、家そのものに大きな空洞ができてしまうような気がした翔平は、
「いや、遠慮しとく」、 悩んだ末に、貰うのを諦めてきっぱりと断った。

玄関から廊下に上がった翔平は、叔父が今にも部屋の戸を開け、顔をのぞかせて、「よく来た」と迎えてくれそうな気がした。翔平はこの家に何度も遊びに来ていて、それぞれの部屋に叔父との思い出が詰まっていた。

加奈が嫁に来る前は叔父が寝室として使い、夫婦の寝室が別になってからは、翔平も何度か寝泊まりした部屋。

桜並木がよく見え、当時、叔父と交際中だった加奈を交えて花見としゃれ込んだ、叔父お気に入りの書斎。

冬さなか、しつらえた炬燵を三人で囲み、気ままな話しをしながら鍋をつついた畳敷きの和室。

翔平は我が家のようにすべての部屋を知り尽くしている。加奈が主婦となって家の中を管理するようになってからも、叔父からは、「どの部屋も出入りは自由」と言われたが、さすがに、夫婦が使う寝室だけは入るのがはばかられた。

せっかく来たのだから、すべての部屋を見て回りたいが、今は加奈の一人住まい、翔平が部屋を見て回るには加奈の了承を得なければならない。叔父のいない部屋を眺めるうちに、叔母という垣根が「取り払われた」に等しいと翔平は気付き、加奈と二人っきりで話すのがおもゆくなった。

 
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