嘘だまり

かいこ(6)

2016年10月30日
かいこ
「小さい頃から住んでいたというならこの家だ。覚えていないか、雪の降った朝、俺が見ている前で白くなった道に足跡をつけるのが面白くてはしゃいだことを」
「記憶は無いが不思議なことに、夢で見たことがある」

今朝見た夢の内容を先回りで明かされ、翔梧に不安を抱かせた。夢の全てを話せば「記憶を無くした」が現実のものとなりそうで、怖くなった翔梧は「車のライトが襲い、体が宙を舞った」部分を暗に伏せた。
――男はやはり、兄なんだろうか。男の言うように、自分は記憶を無くしたばかりか兄は他界したものと思い込んでいるのではないか。

翔梧は男が兄ではないことを確かめるために、錠が外れた扉を押し開けて過去を遡る道に足を踏み入れた。
 時を経た今、兄が他界した当時の嘆き悲しみは癒えて現実を拒むこともなく受け入れているので、十二年前は遮るものなく見渡せるはずだ。ところが辿たどってみると十二年前の出来事は拭ったように消え、どこをどう探しても手がかり一つ見あたらない。翔梧は「男が兄ではない根拠」を見失ってうろたえた。

兄・翔一を失い、嘆き悲しんだ月日は何だったのか。
 脆くなった翔梧は男の言葉一つで簡単に崩れていきそうだ。うつろになった記憶の延長を生きた十二年の歳月でさえも蜃気楼のようにはかない。
 翔梧と男の間には翔梧だけが見える隔たりがあり、それが男を「兄」と呼ぶのをためらわせ、「記憶を無くした」と認めそうな翔梧を辛うじて踏み止まらせた。

過去を辿った先にぽっかりと開いた底知れぬ記憶の穴。うかつに覗いて足を踏み外せばどこまでも落ちていきそうで怖い。穴の中に闇を見た翔梧は、男との間にある隔たりに近づくことさえためらう自分に気付く。

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素姓乱雑
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