嘘だまり

幻が消えるとき(旅立ち)

2017年09月24日
幻の家族
旅立ち


 小雪を訪ねて、城端を訪れてから早くも三か月が過ぎた。その間、城端に心を惹かれた翔一は会社に退職届を出し、城端へ移り住む意思を父に伝えた。
城端に移り住むための準備はすでに整っている」
 父は即答する。
「私もこの家を出て美雪や孫の墓守をするつもりで、移り住む準備を進めていた。母さんも一人だと寂しいだろうから、遺骨を分骨してもらうことにしよう」
 期せずして、父子で城端の住人となった。
 翔一はその父に着実な変化を感じた。すでに他人を見るような気配は消え父として思いやりが見られた。これで小雪が戻れば家族として互いを支えあってゆける。
 いま小雪は城端からほど近い、福野にあるホスピタルにいた。
 小雪は翔一にすべてを打ち明け、引き止められるのを恐れて、翔一を眠らせた後でわが子の後を追おうとしたが、この地方の人は、働き者で、朝の暗いうちから田の水回りに外へ出ることなどから、倒れている所を見つかるのが早くて命は取り留めた。小雪は頭部を強打したからか意識は戻らないが、翔一は、小雪の意識の戻る日がそう遠くないと信じている。

 翔一はいま城端で、農産物に付加価値をつけた商品の開発に取り組んでいた。
 自然の前では一人の力は無力に等しい。自然をしのいで実りを得るには、互いを支え合わなければいけない。だからこそ、誰にも優しくなれる。
 自然を相手の仕事は、僅かでも手を抜けば、目に見える結果となってあらわれる。だからこそ、経過を一つ一つ大切にしなければいいものは生まれない。
 仕事は違っても「人々に喜ばれるものを生み出す」という夢を持ち続けることができて、翔一はやりがいを感じた。
 今日もひと作業を終えた翔一は福野に向かう。病室には、傷の癒えた小雪が眠っていた。翔一はその小雪に、録音してもらった曳山の音や庵唄「惜春」を聞かせるための準備を始めた。小雪の手のひらに血赤サンゴの宝石を載せて握らせた翔一は、わずかの時間、腕に抱いた我が子の温もりを思い起こした。
「お祖母ちゃんと二人だけでは寂しいでしょうが、残った家族が纏まるにはお母さんの力が必要だから、お願い、しばらくは我慢して、お母さんを返してください」
 翔一は空のかなたにいる我が子に祈りをささげながら、「再生」のスイッチを押した。
 病室に、曳山の音、典雅な三味線・横笛・太鼓の音、端唄が鳴り響く。
 「惜春」が流れてすぐに、能面のような小雪の表情が安らぐのがわかる。
 初夏を迎え、過ぎた春を惜しむ音色は、祭を見ないままでこの世を去った我が子への鎮魂の調べともなった。
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