嘘だまり

幻が消えるとき(6)

2017年09月10日
幻の家族
 部屋を出た小雪がすぐに戻った時は、持っている盆の上にビール瓶とコップが乗っていた。
「こちらの地ビールだけど」
 翔一にコップを持たせるとすでに栓を抜いた瓶を傾け、コップに中身を注いだ。翔一小雪の変わらぬ気配りに感心しながら、中身を半分ほど空ける。いつも飲み慣れているビールに比べると、少し抜けたような気がしないでもない。しかも味が違う。
「これも地ビールの特色」だろうかと翔一は思った。
 小雪は、翔一がほとんど飲んだのを見届け、コップに注ぎ足して瓶を下に置く。
「この後は犯した罪の話になる」
 先ほどの表情から生気の消えた小雪がいた。
「いつかは打ち明けねばならないけれど、それには気持ちの整理が必要で時間もいる。父から、『明日そちらへ翔一が行く』と連絡が入ったとき、ついにその時間が無くなったと悟った。私はあなたに会った時の不安を静めるために、『 どうもないちゃ』『だんないちゃ』を、何度も繰り返した」 
 翔一は体に異常を感じた。頭の芯が重く、一日の疲れが一気に出たのか生あくびが何度も出る。
小雪は、そのような翔一を見て、
「でもそれだけでは心もとない、普段のままでは、とてもあなたに話せないと思った。だから、あなたとお祭りを見た後に貰った小一時間を、あなたが今飲んだビールに、睡眠導入剤を溶かすための時間として使わせてもらった。残った薬はあとで私が使う……」
「子供の後を追うつもりだ……」
 翔一は小雪の意図を察した。「だめだ、それはいけない」と、叫ぼうとしたが声にならない。体がだるくて布団の上から起き上がれない。
 小雪は淡々と話し続ける。
養母ははがいる限り、私たち親子は養母の姿に怯えながら暮らさなければならない。養母の残した、『この子はこの世に存在してはいけない、私が一緒に連れていく』 という文面からすると 養母は死ぬつもりだったのだ。それなら一人で逝ってもらう、と」
 小雪だけではなく、翔一も、「母の成すことすべてを許せない」という、殺意に似た気持ちを抱いた。
 もしかすると、私の方が先に母を……、翔一は心の叫びが声とならず、澱となって意識の底へ沈んでいくのを感じた。時々、小雪の声が遠くなる。 
 子供を抱える父の後ろ姿を、見送った小雪は心を決めた。誰もいない今だ、今手を打たなければ、果ては養母に追い詰められる。
「二人を見送った後、私はわざと街灯の明かりに姿を曝した。思った通りに養母は、私の姿に引きつけられて明かりの下へ来た。そして養母が、姿の消えた私を探して、暗がりに何歩か踏み出したところへ、後ろから思い切り体当たりをして道路の方に向けて押しやった」
 翔一の瞼に映る小雪の姿が暗転する。
「……」
「その場から逃げながらも、養母が押されたときのままで、悲鳴を上げながら道路に飛び出すのが見えた。私が養母、あなたのお母さんを殺したのよ。その時の悲鳴が今だに耳に残っている」
 顔をゆがめた小雪は、両耳を手でふさいだ。
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