嘘だまり

幻が消えるとき(5)

2017年09月01日
幻の家族
 あの子も、風邪が治ったばかり……、幼児の長旅は体への負担が大きいのに……、家へ行っても、あの子がいないのではないだろうか……。
 車中、小雪はわが子のことが気がかりで、幾度となく不安にさいなまれた。
 小雪は、「もう二度と来ることは無い」と思った家に着き、裏口から敷地に入ると、小雪の姿を見た父が寄って来て囁いた。
「今、子供は翔一が世話をしている」
 この家に間違いなくわが子がいたと知ってこれまでの不安が一気に緩んだ。小雪は膝が崩れそうになるのを懸命にこらえて、我が子をこの腕に抱くまでは油断ができないと、自分に言い聞かせた。
 小雪は子供の様子を窺うためにそっと窓へ近づくと、父の話した通りに子供を抱く翔一の姿が見える。どうやら今夜は翔一が世話をしてくれるようだ、と小雪は思ったが、翔一は子供を二階の自室に置き、しばらくすると階下へ降りてきてしまった。
 それからは、養母と翔一の長い話になった。小雪は二階にいる我が子が気がかりでならない。
「何とか二階へ行く方法がないだろうか」
 今、家の中に入って階段を上れば養母ははに気づかれる。そうなれば、分別を失った養母は何をしでかすか知れたものではない。二階の窓まで届く梯子があれば、我が子の姿だけでも見られるのに。小雪が考えを巡らせているうちに父がそわそわしだした。
「小便がしたくなった」
 どうにもならなくなって立ち上がった父へ、
「今晩は、おや、どうしました? 」
 通りかかった近所の人が父を見て声をかけた。
「いや、ちょっと……」
 小雪は、養母が父の声に反応したのを知る。
「今なら油断していて、入る隙があるかもしれない」
 小雪は玄関に向かって急いだ。
「ゥギャアー、ゥギャアー」 
 唐突に、二階から激しい泣き声が聞こえ、すぐに泣き声は、足音と共に玄関に近づいてきた。不安に駆られた小雪は家の中を覗くために玄関戸を僅かに開けようとした。同時に、玄関から外に出ようとする養母が戸を開ける。二人の力が絡んで、玄関戸はレールから外れそうになるほど激しく開き。驚いた養母は立ちすくんだ。
「今だ !」
 小雪は咄嗟の間に養母が抱える我が子を抱きとった。その時、ぶつかったはずみでよろめいた養母は、倒れて地面にでも体をぶつけたのか、「ドスン」という鈍い音が聞こえたが、急いている小雪は振り返って養母を気づかう余裕などなかった。子供の体が異常に熱い。小雪は駆けつけた父に子供を託し、「早く、医者に連れてって!」と頼んだ……。
 小雪は、「話しはまだ半ばだけど喉が渇いたわ、翔一さんも喉が渇いたでしょう、少し待って」と言って急に話を止める。
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素姓乱雑
記事作成者: 素姓乱雑
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