嘘だまり

幻が消えるとき(4)

2017年08月27日
幻の家族
 翔一が腕に抱いたときは元気な泣き声を上げていたのに、信じられない話だ。
「翌日に亡くなった?  いったい何が……」
 小雪を責めた訳でもないのに翔一の語調は鋭くなった。小雪は怯えたように体を震わせ、崩れるように座り込んだ。翔一は続けようとした「あったのか……」、という言葉を思わず飲み込んだ。小雪の住まいへ寄ったとき、住まいや衣服から線香の香りがした訳を、翔一は今になって知った。
 小雪は、張り詰めたその日の時間をたどるように、視線を遠くへ投げながら話し始めた。

 子供が生まれてしばらくして、「来ないように」と言ったはずの父が、連絡も無しに顔を見せた。長らく音沙汰がないので、小雪がどうしているのか、父なりに心配になって見に来たのだろう。久しぶりに来てみれば、生まれて間もない子供を世話する小雪を見て、父は大層驚いた。その時、小雪は詳しく話さなかったが話の流れからして、子供の父親が誰か、父は薄うすと察したようだ。
 それからは、「来ないように」と言ってある父が、孫かわいさに理由をつけてはやって来る。その父を養母が見逃すはずがない。「父だけは」と思って教えた居場所が結果として、養母を引き寄せてしまった。
 養母が事故に遭った日の昼すぎに、養母は突然に小雪の住まいに顔を見せる。子供を見るなり、「翔一の子でしょう」と、穏やかに話し始めた。養母が穏やかに話すときは要注意と知っている小雪は、子供のそばを離れないようにして、養母の動きに注意を払った。
 養母は机を挟んで座ると、出したお茶も飲まないで、
「小雪に辛い思いばかりをさせる、このようなことになったのも私のせい。意固地にならずに、あの時のことを話しておけばよかった」と、思いがけない事実を打ち明けた。
 養母のあまりにもしんみりとした様子に、その時に限って、小雪は気を許してしまった。  
 話の途中に、「回覧板です」と、隣の人が来たので、受け取るだけだからと思った小雪は子供のそばを離れたが、書かれてある内容の説明が思ったよりも長引き、戻ってみると養母も子供もいない。机の上に「今、打ち明けた通りだから、この子はこの世に存在してはいけない、私が一緒に連れていく」と書いた紙だけが残っていた。
 養母は玄関に履物を残したまま、裏口から裸足で抜け出たようだ。
 それでも、そのときの小雪はまだ気持ちの余裕があった。
 養母はこの辺りの土地勘がなく、裸足で子供を抱えていれば、いやでも大勢の人目に付く。また、あらゆる乗り物は城端駅に集中していて、この町を出るには、ひとまず駅に行かなければならない。最悪でも駅に行けば養母は捕まえられる。
 だが、駅まで行って探したが、養母の姿はなかった。
 考えてみれば、養母は乗り換えが必要な列車の中で、長い時間にわたって、子供の世話ができる性格ではなかった。子供の母親でもない女が、世話も出来ない幼子を連れて乗っていれば、まわりから不審の目で見られる。
「誰かの車でここまで来たのだろうか?」
 そうなれば頼んだ人の手前、訳もなく途中で車から降りることはできないので、養母は真っすぐに、家に戻るものと思われる。
 小雪はその場で父に連絡を取り、出発時間の迫った汽車に飛び乗った。
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素姓乱雑
この記事を書いた人: 素姓乱雑
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