嘘だまり

幻が消えるとき(3)

2017年08月20日
幻の家族
「こころもとない父と違って、翔一さんとは長い年月、姉と弟として支えあってきた。私を困らせた告げ口も、あなたが頑是ない頃のこと、翔一さんに責任はないわ。そのあなたを、単なる同居人として記憶の隅に留めるだけでは、私の中の長い年月を空白にしてしまうと思った」
 姉と弟の距離を測りかねた小雪の心を表すように、呼び方が「翔一さん」と「あなた」を行き来する。
「家を出る前の日、あなたを困らせ、突き放そうと思っていろんなことを言ったはずなのに、私の方が血のつながりが無いのを今さらのように気づかされ、心もとなくなって誰かの支えを求めたとき、侮蔑の消えたあなたが心の中にスッと入りこんだ」
 小雪は悔やんだ声音で、
「愚かにも操られたようになって、『血の繋がりに劣らぬ確かな絆』を求めてしまった」
「あやまち」の有った日はいろいろなことが重なった。
 翔一は会社での配属先が決まらず、心が落ち着かなかったばかりか、小雪とのあいだに心の隔たりがあるのを気づかされ、不安な気持ちでいた。
 小雪は母を亡くし、先行きへの不安と心細さで気持ちが揺れ動いていた。翔一もその後、母を亡くしてつらい目にあっているので、小雪の気持ちがわかる。
 二人ともに心に隙が生じたところへ、雷光の呼び込んだ幻があらゆるものを歪ませながら心の隙間に入り込んで、二人を思わぬところへ導いてしまった。
 だが、「血の繋がりに劣らぬ確かな絆が欲しい」という小雪の願いは、翔一の願いでもある。小雪ばかりを責めることはできない。翔一はここにきてようやく、小雪の心の内を見せられた衝撃から立ち直りつつあった。 
「城端に着いてから養母に電話で告げたわ。『今いる所は言えないが、もう家には戻らない。それと、どうせわかることだから言っておくけど、弟とは血の繋がりに劣らない強い絆を持ったのよ、あなたよりも身近になったわ』と」
 電話の向こうの養母は思った以上に衝撃が強かったようだ。その驚きぶりは逆に小雪を途惑わせるほどだったが、
「妊娠していることに気づいてからは、その戸惑いもすぐに忘れてしまった」
「妊娠、 もしかしてあの時の?」
 翔一は、「妊娠」というものを頭の中では何となく分かったが、どこか他人事のようで実感が伴わない。
「そう、二人が『血のつながりに劣らない強い絆』を持った証し。でも、楽しい夢を見させてもらったのはわずかだった」  
「もしかすると、この腕に抱いた子供は……?」
 翔一は、「母が連れてきた乳児」を思い出して、ようやく小雪の話が現実になった。やはり、乳児との血の繋がりがそう感じさせたのか、あの時、抱いた子は「他人の子」と思えなかった。
「そう、あの子も、この世で最後となる前の日に、父親に抱かれたのがせめてもの幸せ」
「この世で最後となる前の日?、 ということは、子供は……」
 小雪はその時まで表情を伺わせなかったが、振り向いたときは顔を歪ませ、つらい事実を打ち明ける。
関連記事
素姓乱雑
記事作成者: 素姓乱雑
Address:富山県南砺市城端