嘘だまり

幻が消えるとき(1)

2017年08月06日
幻の家族
 姉弟が泊る宿は小高い山の中腹にあった。着いた時間が遅いので
「お客様、すぐにお食事になさいませ」
 宿の勧めに応じて早々に食事となった。食事が済んで、
「姉さん、風呂に入ってくる」
「それがいいわ、私も片づけが終わったらすぐに行くから」 
 翔一は宿の浴衣に着替えて風呂へ出かけた。
 翔一が風呂から戻った時、食事の後片づけは済み、隣の部屋に夜具が二組、並べて敷いてある。五月の夜、外はまだ寒いが部屋の中は暖かい。
「疲れたぁ !!」 
 翔一は寝不足と疲れから、一方の夜具の上で行儀悪く寝転んだ。小雪が戻るまでの間、まどろむつもりでいたが、以外と深く寝入ったらしい。喉が渇いて目が覚めた時、小雪が着るはずの浴衣が、いつの間にか翔一の身体に掛けてある。そうと気付いて、翔一は夜具の上に身体を起こした。
「少しは休めた?」
 翔一が起きた気配を知ってか、小雪が飲み物を乗せた盆を持って隣の部屋から現れ、衣服を宿の浴衣に着替えようともしないで近くに座った。二つのコップに飲み物を注ぎ、
「喉が渇いたでしょう」 
 そのうちの一つを取って翔一に手渡した。
「飲みすぎたのかな、喉が渇いて欲しいと思っていたところだ!」
 翔一は夜具から降りることもなく、受け取ったコップの中身を口へ流し込んだ。
「本音を言うと、翔一さんと会うのはためらわれた、だから父には、この土地の名前を口にしないでってお願いしたの」
「なんで ? そんな必要など無くなったはずなのに」
「無論、最初は養母(はは)、翔一さんのお母さんに知られないようにするためだった。養母はものすごい悋気の激しい人で、私を独り占めにしたくて、私から離れない翔一さんにまで悋気を起こしたくらいだから」 
 そう言って、小雪は口を噤みわずかの変化を見せる。
「翔一さんには悪いけど、小さいときからあなたを侮蔑していた。あなたは一見したところ何不自由のないようだけど、父親が誰かわからない、母親には愛されていない、それから比べると、私のほうは随分と違ったわ。養母は今から思えば不思議なくらいに、私を着飾らせていろんな所に連れて行ってくれたわ、私も甘えていろんなおねだりをしたけど、そんな時、いつも纏わりつくあなたを煩わしく思ったりした」
「姉さん……」
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素姓乱雑
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