嘘だまり

ふるさと城端にて(1)

2017年06月18日
幻の家族
翔一が城端を訪れ、いよいよ物語の舞台は城端に移る。先ずは物語の前に、城端曳山庵屋台の一部を紹介したいと思う。
今回は出丸町の曳山庵屋台

出丸町御神像

曳山に鎮座する御神像は布袋
宝暦12年(1762年)、荒木和助の作
弘化3年(1864年)小原治五右衛門改作と伝わる

宵祭前の曳山と庵屋台

宵祭前の曳山と庵屋台
曳山の呼称は唐子山、高さ6.27m、総重量7.5トン
庵屋台は切妻流れで数寄屋造り

曳山に施された彫刻の一部

曳山に施された華麗な彫刻の一部

曳山の車輪

曳山の車輪は外周に鉄輪が填まる。月の輪は二重で本堅地黒蠟色塗
一重目に桐唐草文様の彫金具打ち、轂に桐花文様金具打ちの飾り蓋 
資料引用 城端曳山祭りパンフレット
資料引用 城端曳山史
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2017年5月4日撮影
小雪と庵唄 (1)


 まだ朝もやの残る中、翔一は父が手配してくれた切符と姉の住まいまでの地図を手に、早朝の汽車に乗った。昨夜は姉に会える期待と不安が交錯して眠りが浅かったせいか、体が重く感じた翔一だったが、途中、北陸線に乗り換え、汽車に揺られるうちに少しは眠ったからか、気力が戻っていた。
 翔一は北陸線の途中、高岡駅で降りて軽い昼食をすませ、城端線に乗り換えるためホームを移動した。父が書いた地図によると、「高岡」から終点「城端」までは一時間弱と書いてある。出発直前の列車からはジーゼルエンジン特有の騒々しい音があたりに響き、乗り込むとほどなく発車のベルが鳴り渡りドアが閉まった後に、「ガクン」と僅かな衝撃を与えて列車は動き出した。
 しばらく走ると車窓から見える風景は田園へと変わり、各駅で止まるごとに遠くの山々が間近になる。翔一はそれらを飽くことなく眺めながらこれまでの帰し方を思い描いた。
 幼い頃に見た姉と姉の母の朴訥とした会話は、この山々や田園風景のように、素朴な姿ではなかったか。我々は今、手軽く文明を甘受しているが、その文明生活に疲れたときにどこへ帰れば癒されるかといえば、この風景のように自然の匂いのするところが一番ではないか。それなのに我々はこの匂いを忘れ更なる文明を求めて、癒されることのない日々に追われる。 
 翔一が勤める以前の社会は、無論結果は求めるが経過も大切にした。経過を大切にすることで人を育て社会の繁栄に寄与させた。今とは違って個々の人格を大切にする優しい社会だったと思う。だが今の社会、とりわけて企業は人を育てるゆとりがなく、企業の組織を運営していく上で、人とは単なる歯車の一つとしか見なさない。
 母が亡くなって以来、会社には顔を出していない。夢を持って勤めたことが遠い過去のことのように思われた。
 今の翔一は日々の生活に疲れたからといって、癒される場所はなかった。
 最終駅、城端に着いたのは昼を随分と過ぎた頃。
 汽車から降りると山肌に雪が残る山々が間近に見え、ひんやりとする空気は新鮮で、深く息を吸い込んで吐き出せば、翔一の体の奥底に澱んだ気鬱までもが吐き出されてゆく。
 改札を過ぎて駅を一歩出れば、城端町は春祭り一色だった。
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