嘘だまり

愛と憎悪の狭間を漂う人達(6)

2017年05月03日
幻の家族
追想(6)


 その後、金の虚しさを感じた篤志家は事業を整理、残った金を春清のような苦学生の奨学金として使うようになった。だが姪は心を開いてくれない。口には出さないが、事あるごとに事件の対応を非難する目で篤志家を見た。だがそればかりでない、あらぬ妄想を口走るようになる。私があの子にいやらしい行為を強要したなどと……。
 事件の全容を話し終えた老人からは、会った時に感じた「篤志家」という覇気が失せていた。
「私も先がそう長くはない、あの時の衝撃で心臓がもう持たない。あの子も事件の衝撃で心が非常に脆く、先行きを思うと不安が募る」
 そう打ち明けて春清を見つめ、
「金の件がなくても、君に姪の将来を託せないか相談するつもりでいた。姪はもとより、君と夫婦になること、生まれてくる君の子の母親として名乗ることに異論は無い」
  
 老人の家を出た春清はその足で美雪の故郷に向かう。美雪とたった一人の肉親である老いた母を交え、老人とのやり取りを打ち明けた。「だが、その方法を選べば、この先、平穏な日々は望めなくなる」 という、老人の忠告を省いて。
「必要な金はすべて用意できた。美雪はとにかく治療と出産に専念してくれ」
 春清は一方的に告げ、
「子供が生まれても美雪には治療に専念しなければならないだろうから、私のほうで育てることも考えている。美雪さえ元気でいれば子供といつでも会える」
 老人から預かった多額の、その当時で家が数軒立つほどの金額が記入してある小切手を美雪の母親に渡した。
 母親は何かを言いたげな美雪を遮り、美雪の命が助かることを素直に喜んだ。春清は本意でないことを受けたのだから治療費が捻出できたという意気がある。美雪の心を忖度することもなく老母の喜ぶ顔だけを見て、懸案の一つを解決した気分で美雪の故郷から戻った。
 春清は、懸案の処理の全てを終えると老人に報告。老人は内容を確かめた後、春清と姪の挙式も待たずに「後を頼む」の一言だけで逝ってしまった。
 その後、卒業して社会人となった春清は、先に入籍して妻となっている老人の姪、産まれた小雪と一緒の生活を始める。だが二人にとって初めての夜、妻は事件の衝撃が尾を引くのか、自分の肌に私の一指さえ触れさせない。そればかりか、こう言った。
「金で動く奴が信用できるか」
 そう、叔父が賊に叩きつけた言葉をそのまま、春清に向けたのだ。
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