嘘だまり

愛と憎悪の狭間を漂う人達(3)

2017年04月29日
幻の家族
追想(3)


 春清に畏縮が見られない、と確かめた老人は話をまとめる。
「勧める人とは私の姪だ、君も何度か会って知っているはずだ。どうするかをよく考えて私に答えをくれればいい」
 春清は話しの意外な展開に混乱する。その日はどのようにして篤志家と別れ、どうして帰ったのか記憶がまったく無かった。
 その日から数日、春清は煩悶と眠れない日を過ごしたが、美雪と一緒になることを諦め、篤志家の姪と一緒になるだけで出産費用はおろか美雪の命までもが助かる。
 しかも篤志家の言うとおりで、病気の治療に専念しなければならない美雪に子供を育てるのは負担が大きい。篤志家は何から何まで親身になって考えてくれている。
 後々、このことを美雪によく言い聞かせれば分かるだろうと結論づけ、
「時が経てば美雪の心と体を癒し、平穏な日々などすぐに取り戻せる」
 そう決めつけると、春清は心の負担が軽くなったような気がした。そこには美雪の気持ちを推し量ることなど全くない。
 篤志家の本意は、「姪を妻とすれば、妻が心の内に抱えている闇と常に向きあうことになる。それは大変辛く苦しいことで、日々平穏でいられなくなる」というもの。
 平穏な日々がいかに貴重なものか、自分のことしか頭に無い春清に分かるのは後日。
 春清は、篤志家の姪と何度か顔を合わせている。顔を合わせるたびに、恥じらいを浮かべて俯く姿を目にしたことはあるが、言葉を交わしたことはなかった。どこか陰のあるその人の姿を思い出して春清を僅かに不安にさせたが、その人の容姿は良すぎるくらいで、春清の妻としてどこに同伴しても恥ずかしくはない。むしろ自慢できるほどだ。
 心を決めた春清は再び篤志家に会い、答えを伝えると、篤志家は、「姪とともに遭遇した事件」を春清に打ち明けた。


 当時、篤志家は事業に成功して金があるにも関わらず兄の家にいた。兄嫁に惹かれたからだ。
 ある時、そのような篤志家の金を狙い、一人の賊が押し入った。
 賊は手慣れているのか兄嫁を人質にとり、あらかじめ用意した紐で兄嫁を縛り上げ、姪、そして篤志家を縛るよう、兄に向けて命令する。
「言うとおりに金を出せ、そうすれば命は助けてやる」
 賊は決まり文句を言い、唯一縛られてない兄に刃物を突きつけた。
 このような時にも篤志家は、
「このまま兄が殺されれば、兄嫁を自分の手にすることができる」
 そう思ってしまった。
関連記事
素姓乱雑
この記事を書いた人: 素姓乱雑
Address:富山県南砺市城端