嘘だまり

愛と憎悪の狭間を漂う人達(2)

2017年04月25日
幻の家族
追想(2)


 事故直後の記憶が不確かな翔一だが、父の言うことに反対するほどの理由は見当たらない。父は立ち上がると隣にある台所へ足を向けながら、
「何から話していいか」
 そこで父は言葉を切り、台所で何かをごそごそとしていたが、戻ってきたときは少々のつまみと茶碗が二つ乗った盆、そして、酒の入った一升瓶を手にしていた。それらを畳の上に置き、あぐらで座る。
「君の小さい頃から、申し訳ないが、何というか……、膝を突き詰めて話すことが無かったのでうまく言えないが」
 父は茶碗を手に取り、一升瓶の酒を注ぎながら、
「改めての確認となる」
 注いだ酒を口に含んだ後、飲み込んだ。
「実は、私と君の母さんとは肌触れあうこともないまま、夫婦という仮面をつけ世間体を繕ってきた。だから君の父親は私ではない。勿論、小雪と君の間にも姉弟としての血の繋がりは無いということになる。戸籍上は家族皆が一つになっているが、それは、ある人と私で拵えたまぼろしの家族だ。この先、この事について触れる機会が巡ってこないかもしれないから、この際だ。幻を作ることになったきっかけを話そう」
 父は茶碗に残っていた酒を一気に喉へ流し込んだ。
 
 当時、春清は奨学生で、その日の金にも不自由していた。その春清にアルバイト先で知り合った女性がいて、名前は美雪といい雪の降る北陸から来ていた。身寄りのない春清と故郷を遠くした美雪が親しくするうちに寂しい者どうし心を通わせ、春清が気づいた時には美雪に新しい命が宿っていた。
 春清にはその日の生活費さえ足りないのに出産費用などとんでもなかった。だが事態はもっと悪い、妊娠の検査で美雪が重い病気にも罹っていることが分かったからだ。
「早く治療をしないと子供ばかりか、母体の命にもかかわる」
 検査の結果を見た医者は春清に告げた。
 美雪の病気には多額の治療費を必要とした。老母一人の、美雪の実家でも相談に乗れない金額。話を聞いた春清はどうすればいいか迷ったが、日にちは流れるように過ぎる。春清は悩みぬいた末に、奨学金を出してくれている篤志家の所へ相談に行った。応対した篤志家の老人は、後に春清の妻となる人の叔父だ。
「金を捻出する方法が無くもない」
 老人は話を聞き終えると春清の顔を見つめ、
「だがその方法を選べば、この先、平穏な日々は望めなくなる」
 老人は立ち上がって春清に背を向けた。
「そう簡単なことではないということだ」
 向き直った老人は春清の眼を覗き込みながら、
「今、付合っている美雪という人と縁を切り、私の勧める人と夫婦になれば、君の言う金額はすべて私が出そう」
「それと、やがて生まれる君の子は、母親が病気では育てることができないだろう。君と私の勧める人との間に生まれた子供として育てればいい。戸籍上の手続きは私がなんとかしよう」 
 老人は辣腕の経営者という過去を持つだけにいきなり答えを言い、鋭い目つきで春清の眼の動きを素早く読んだ。春清は老人に気圧されながらも何とか堪えた。
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素姓乱雑
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