嘘だまり

愛と憎悪の狭間を漂う人達(1)

2017年04月21日
幻の家族
追想(1)


 翔一の母は事故後、意識を取り戻すこともなく、七日間眠り続けて旅立つ。事故直後から息を引き取る日まで、翔一は呆けたように母の顔を見つめた。事故の衝撃は恐ろしいもので、その間、翔一の気力のすべてを奪い去り、腕に抱いた乳児のことさえも記憶から消そうとした。
 事故直前の母の様子や行動などを、警察の事情聴取で何度も尋ねられたが、翔一には答えられる記憶がほとんど抜け落ちている。唯一、懐かしい後ろ姿を見たことはおぼろげに残ったが、それも日々を過ぎると本当に見たのか曖昧になった。
 何事にも配慮を欠いた翔一の母だが、肉親を失うのはつらいものがある。翔一の心が落ち着きを取り戻したのは、事故が起きた日から十日も過ぎた母の葬儀の当日。
 葬儀は参会者の少ない寂しいもの。生前、「私には金持ちの叔父がいた」と言った母だが、縁故の参会者は一人も見えなかった。父にはもとより身内がなく、何よりもすぐに駆けつけてくると思った小雪の姿がなかった。
 葬儀は謹厳なうちに始まり、会場の中を読経の音がしばし流れ、滞りなく終わった夕方には小さく収まった母がいた。その母を抱いて静かな家に戻ってくると、待ちかねたように人が訪ねてくる。事故を起こした運転手で、今後について話しをしたいようだ。
「少し事情があるので」
 応対に出た父は運転手の話を途中で遮り、翔一を呼んだ。父は僅かなためらいを見せたあと、
「今後は私よりも、この人と話すほうがいいだろう」
 そう言って翔一を全面に押し出し、次の会話へ入る前に部屋へ戻ってしまった。突き放したような父の態度に、翔一は呆気にとられ、後ろ姿を目で追ったが、思い当たることが無くもない。やむなく翔一は、
「今日は葬儀が終わったばかりなので、後日改めてお話させてください」
 丁寧に告げて運転手との話しを終えた。「被害者はこちらの方だ」と言わんばかりの運転手もしぶしぶと帰る。
 運転手が帰ったのを見届けて部屋へ戻った翔一に、父は「座るように」と言った。
「先に事情を話しておけば良かった。君は亡くなった”あの人”の子供だが、父親は私でない。だから、君と私は血のつながりがないということになる」
 父はそう言いながら自分の指をもてあそんだ。翔一は先ほどの父の言葉や素振り、小さい頃から「他人を見るような」父の視線にさらされているので、改めて「養父」と告げられても驚くことはなかった。今や他人であることを隠さない父を見つめて、翔一は小さくうなずく。
 父はそのような翔一の様子にひとまず安心したようだ。
「今後、事故は示談になると思うが、示談金の話しが出るとすれば受け取るのは”あの人”の血を引く君だから、今後の話し合いは君の方が適任だと思った」
 その後で、
「それに、事故直後の現場にいたのは君だ。君の方が状況をよく知っている」
 父はなぜか曖昧に話しをつけ足し、言い訳のように、「相談もしないで勝手をした」と締めくくった。
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素姓乱雑
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