嘘だまり

それぞれの母(8)

2017年04月15日
幻の家族
翔一の母


 すでに二階から激しい泣き声が聞こえ、乳児を抱えて飛ぶように階段を降りた母は、止めようと立ちふさがる翔一の脇をすり抜け、泣き声と共に玄関へと駆けていった。
「生まれる前からこの母に翻弄されてきた」
 翔一はもそう思った瞬間、母のすべてが「許せない」という、殺意にも似た気持ちが心の内に湧きあがった。その気持ちを抱えて母の後を追い、戸外へ出た翔一は庭向こうの暗闇を照らす街燈の明かりに、懐かしい後ろ姿を見た。しかし人影は一瞬で暗闇に消え、代わって何かを探す母の姿が明かりに浮かんだ。
 翔一は消えた後ろ姿を追い求めるうちに、先ほど母がいた位置で街燈の明かりを浴びる。
「キャーー」 
 突然の、甲高い悲鳴に驚き、声が聞こえた暗闇の先に目を向けた翔一は、わずか先の道に飛び出す人の姿がヘッドライトに照らし出されるのを見た。
 間をおかず、「キキキィー」と耳障りな車のブレーキ音、続いて、「ドスン!」と鈍い衝突音があたりに響く。
 翔一はそれまで抱えていた「許せない」気持ちを無意識のうちにその場に捨て置き、道へと駆けた。
「事故だ、事故が起きたぞ!」
「飛び出しだって、こんな所で ?」
「早く警察と、救急車を!!
 辺りは事故を知った人たちが早くも群れ、渦巻く人達からの喧騒や異様な雰囲気がまわりへと広がる。車のライトに照らされた、道に横たわる人の姿が見えた。
「お願いします、通してください」
 翔一は群れた人達をかき分け、横たわる人のそばに寄った。おそれたように倒れているのは母。だが、その手に何もなかった。
 翔一は虚ろな目で、母が抱えていたはずの乳児の姿。一瞬見た懐かしい後ろ姿を求めて、辺りを見回そうとしたが、目の前で起きたあまりの惨劇に、確かめることなど叶わぬまま膝から先へと道にくずおれた。
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素姓乱雑
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