嘘だまり

ふるさと城端にて(6)

ふるさと城端にて(6)

小雪と庵唄 (6)の物語を始める前に、城端の曳山、庵屋台の一部を紹介いたします。6回目の今回は西下町の曳山、庵屋台。曳山に鎮座する御神像は堯王。享保元年(1716年)木屋仙人の作明和3年(1766年)荒木和助、木屋儀右衛門、木屋九平の三人により修復、城端の曳山人形の中で最古のもの神座に向かって左側の脇座に「唱天徳」の三文字旗 宵祭前の曳山、曳山の呼称は諫鼓山、高さ6.18m、総重量7トン享保年間(1716~1736年)の作を...

井波瑞泉寺山門

井波瑞泉寺山門

今回の参観は瑞泉寺の山門(大門)までである。山門をくぐった寺域の内は載せてないが、詳しくは真宗大谷派 井波別院瑞泉寺HPで見ることが出来る。山門(大門)の前に由緒書きが見える。 瑞泉寺山門(大門)の由緒書きSosei Ranzou   由緒書きの中ほどに「山門の各所には数々のすぐれた彫刻や文様が施されている」とあるように、彫刻・文様の数が多い。写真では少々分かりづらいが、本堂を望む柱の両脇・梁に施された彫刻・...

井波瑞泉寺

井波瑞泉寺

加賀一向一揆を地侍の若者の目線で生き生きと描いた……(読売新聞より)、作家北方謙三氏の小説『魂の沃野』の一舞台となる瑞泉寺を訪れてみた。 真宗大谷派井波別院瑞泉寺(ずいせんじ)は富山県南砺市井波にある真宗大谷派の寺院。かっては、北陸地方の浄土真宗信仰の中心として多くの信者を集めた。戦国時代には越中一向一揆の拠点となり、その後、佐々成政の軍勢に攻められ、焼き払われて、一時、南砺市北野(旧、城端町北野)...

ふるさと城端にて(5)

ふるさと城端にて(5)

小雪と庵唄 (5)の物語を始める前に、城端の曳山の一部を紹介いたします。5回目の今回は西上町の曳山。庵屋台の写真は撮り損ねたので載せていない。曳山に鎮座する御神像は七福神の一つ恵比須寛政7年(1795)荒木和助の作釣竿に風折烏帽子、魚籠に鯛、恵比須の紋の「蔓柏」など、意匠を凝らしている宵祭前の曳山、 曳山の呼称は竹田山。高さ5.54m、総重量6.5トン安永年間(1772~1781)7代小原治五右衛門の作彫刻、金具などの装飾は...

ふるさと城端にて(4)

ふるさと城端にて(4)

小雪と庵唄 (4)の物語を始める前に、城端の曳山、庵屋台の一部を紹介いたします。4回目の今回は大工町の曳山、庵屋台。曳山に鎮座する御神像は中国・三国時代の蜀の武将関羽と周倉寛政8年(1796)荒木和助の作曳山の呼称は千枚分銅山、高さ6.34m、総重量7.5トン享保年間に作られた山車は明治31年(1898)の城端大火で類焼明治39年(1906年)浅野喜平・辰次郎の作曳山の車輪は外周に鉄輪が填まる。月の輪は二重で本堅地黒蠟色塗一重...

ふるさと城端にて(3)

ふるさと城端にて(3)

小雪と庵唄 (3)の物語を始める前に、城端の曳山、庵屋台の一部を紹介いたします。3回目の今回は東上町の曳山、庵屋台。曳山に鎮座する御神像は寿老、安永2年(1773年)荒木和助の作曳山の呼称は鶴舞山、高さ6.51m、総重量8トン安永年間、小原治五右衛門の作(1772~1781)曳山の呼称に所以する「舞い鶴」の彫刻の数々曳山の車輪は外周に鉄輪が填まる。月の輪は二重で、他の山車の車輪よりも直径30㎝ほど大きい。本堅地黒蠟色塗で一...