嘘だまり

NO IMAGE

ある室で (その1)

 亜喜夫がその本屋に入ったのは気まぐれでしかなかった。 通りを歩いていると路地から少し入った所に本屋が見える。古くさい店だ。こんな場所で、しかも寂れた店に客が来るのだろうか?。窓越しに店の中を見てみると案の定、誰もいなかった。 だが意外にも、店主は女性で若い。 店主に惹かれた亜喜夫はドアを開けて中に入った。「いらっしゃいませ」 なおざりな挨拶をする店主だ。椅子に座った店主は机上に広げた本から顔を上...

NO IMAGE

ある室で (その2)

「当たり前だ !、店の備品を売るわけがないだろう、この店は仕掛けた本で客の反応を見て面白がっているのか」 謗そしる亜喜夫に、途惑い顔の店主は意外なことを打ち明けた。「どのようなご迷惑をかけたのか分かりませんが、本屋には長い間売れずにいて、行き場所を失った本が何冊か有りまして、それらが時たまいたずらをするのです。存在を忘れないでくれ、とでも訴えるのでしょうか」「この本がそうだと?」 店主はぎこちなく...

NO IMAGE

ある室で (その3)

 といっても、物語の展開が気になる亜喜夫は最初から読み直していられない。会話にならないまま互いの仲だけが進展するという、奇妙な物語の展開になった。 店主は妖艶な声でささやく。「時間を飛び越えてあっという間に、私とあなたは恋人」 気になる店主から「恋人」と言われ、亜喜夫は舞い上がった。早く店主と「割りない仲」になりたい。亜喜夫は期待に震える指で性急に本のページをめくる。物語が進んだことを示すように、...

NO IMAGE

ある室で (その4)

 亜喜夫は話が何だか旨すぎる気もしたが、店主の言うことにも一理ある。物語の「筋書き」に囚われなければ亜喜夫は店主とより親密に、味わう喜びもより深いものになるだろう。「もっと、話しを先に進めて、と言うのはそう意味だったのか」 納得した亜喜夫は店主との熱愛物語を頭の中に描いた。読者の視線を浴びる亜喜夫は読み手を引き付けなければならない。速やかに話を進めなければ読者に置いて行かれる。 それからの亜喜夫は...