嘘だまり

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出会い -その1-

地上をあまねく照らす太陽は時として、思いがけないものまで光を当てて蘇えらせることがあります。 今も、窓から伸びた光は翔司の部屋に漂う薄暗さと冬の残滓を一掃、柔らかく暖かい春の色で染めあげたあと、翔司が枕もとに置いたカメラと写真集に光を集め、凍てついた過去を蘇えらせようとするのです。- 出会い-昨晩、写真集を見ながらカメラにいろんな思いを寄せて夜更かしをした翔司は、日曜となる今朝、さしたる予定もなく気...

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出会い -その2-

軽やかな動きを一瞬に閉じ込めたような、しなやかな姿のカエデに魅せられて歩み寄り、幹を撫でれば人肌に似た温もりが内から溢れて翔司の心をなごませた。 幹の温もりに触れてふと人恋しさを覚える翔司の耳に、かすかなささやき声が聞こえた。声に誘われてカエデの後ろに目を遣れば、生い茂った雑木の間から枝道が見えてくる。時としてこの辺りを散歩道としている翔司はすべての枝道を知りつくしたつもりでいたが、辺りを覆うよう...

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出会い -その3-

枝道に入ってそれほど遠くまで来ていないと思ったが、深い山の中へ分け入ったように、絶えずに聞こえた生活音や車の騒音などがいつの間にか途絶え、辺りは雑木が多いにかかわらず葉擦れの音や小鳥のさえずりなどがわずかも聞こえてこない。音をたてることが憚られるほど静か。「ドクッ、ドクッ」 森閑とした中で翔司の鼓動がやけに大きく聞こえた。あたり一面を覆う薄暗がりと静かさに押し潰されそうで、息苦しくなった翔司は一人...

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出会い -その4-

もはや翔司の心臓は制動装置が壊れた機械のように激しい収縮を繰り返し、肺は引きも切らずに新たな空気を求めた。それらの機能が追い付かなくなると頭痛を引き起こし、意識は朦朧となってくる。心臓はもとより体全体が悲鳴を上げていて逃げ切れるものではない。しだいに諦めが翔司を支配する。 走り続けることができず立ち止まった翔司は荒い息を整えるために、膝にあてた手で折り曲げた上体を支え、恐る恐る振り返れば……。洞穴か...

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出会い -その5-

それでも何度か試みるうちにようやく像が定まり、シャッターを押したその時、陽が陰る。思わず空を見上げた翔司は全身を光に貫かれ、辺りが歪んだような奇妙な感覚に襲われた。「しょうちゃんいけないわよ、お爺さんの大切なカメラを、そんなところに置いては」「ごめんなさい」 優しくたしなめる女性の声と幼い声。「ねぇお母さん、お爺さんは今どこにいるの?」「ほんに、どこへ出かけられたのでしょう。でもすぐにお帰りになる...

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不思議な店 -その1-

その日久し振りに隣町まで出かけた翔司は、買い物を済ませた後の中途半端に余った時間潰しに、立ち読みでもと思って本屋を捜した。それが、老人と会った日に起きた「不可解なできごと」の始まりだった。-不思議な店-日曜日ということもあって二月の冷たい風が吹く街中でも、春を待ちきれない人たちが歩道を行き交っている。どこかのんびりとしたそれらの人たちに歩調を合わせながら本屋を探していた翔司は、歩道からわずかにそれた...

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不思議な店 -その2-

不思議な店 -その2-

表示が「売り場」になっていて、「立ち入り禁止」になっていないので入ってみると、第二売り場は先ほどの売り場と違って、陳列書棚は貧弱であり、やや明るさが足りないからか陰気である。だが並んだ書籍はそれぞれに超一流という雰囲気を放っていた。 棚から一冊を抜きとれば風景などが載った写真集で、期待に違わず、ありふれた風景を写真家が切り取るとこうも違うのかと、ページをめくるたびに驚かされた。 写真集を眺めるうち...

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不思議な店 -その3-

だが、男性店員は写真集の裏表を確かめながら考え込んでしまった。「お持ちになられた写真集は、本当に、当店の売り場に並んでいた品物でしょうか?」 疑わしげな視線を翔司にかざす。間を置いて、「この写真集は当店で扱わない書籍ですので、お会計はできません」 店員は妙なことを言ったが、他には誰もいないのに人目が気になるのかことさら穏やかに聞いた。「この写真集は売り場に並んでいたということですが、どの場所に並ん...

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不思議な店 -その4-

店員は扉を確かめ終えると、部屋の中央に設しつらえられた机の上に写真集を置き、内ポケットから名刺を取り出して翔司に渡し、「○◯肖造です」と名乗ったあと椅子を示して座るように促した。向かい合った椅子に腰を掛けた店員は事務的な口調で名前と住所をたずね、翔司の答えを手元の紙に書き込んだ。その後で、お茶の準備を始めた。 お茶を飲んでそれぞれに一息入れたところで、肖造は写真集を示して本題に入る。その頃には翔司も...

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不思議な店 -その5-

肖造の姿勢が「決めた」から「請う」に転じた。「今さらですが、あなたはこの写真集をとても気に入っていただけた」「ええ、実にすばらしい写真集ですね」「そして……、お金なんかで行き先を左右されるものかと、自ら発行元や価格表を外してしまうほど気ぐらいの高い写真集があなたに好意を持った。今までに無く珍しいこと」「……」 「今まで気に入った持ち主が見つからないために我々をずいぶんと振り回した写真集ですが、大事にし...

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不思議な店 -その6-

部屋に入ったときは気が付かなかったが背後の壁に作り付けの小さな棚が有り一台のカメラが置いてある。気配の正体はどうやらそのカメラで、生き物のような艶めかしさで翔司の気を惹いた。 それにしても魅力のあるカメラ。翔司は肖造に好みの機種を聞かれたが、棚に置かれたカメラはまさに翔司が欲しいと答えた機種。翔司は肖造が再び顔を見せるまで触れないつもりでいたが、気を惹くカメラと相思相愛に落ち入ったようになり、いつ...

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不思議な店 -その7-

撮影方法は今も変わらないが、撮影者は先に被写体が何かを選んで設定した後、ファインダーを覗き写したいものがカメラの指定した枠内に納まっているかを確認、シャッターを押す。それだけで撮影が済むようになった。同時に、小型で軽量・安価になったカメラはそれまでの、「持っているのは、ごく一部の限られた人達」といった印象を拭い去った。人々は撮影を楽しむため、どこへでも手軽にカメラを持ち歩くようになった。 当時、持...

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